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実践Webマガジン

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著者は語る 『南摩羽峰と幕末維新期の文人論考』の巻

小林先生とご著書について

短期大学部日本語コミュニケーション学科の小林修先生は、2017年3月をもってご退職されました。
先生がご退職間際に上梓された『南摩羽峰と幕末維新期の文人論考』は出版直後に全国紙で取り上げられ
評判を呼びました。
今回は、先生に本書について語っていただきました。
なお、本書の紹介と当館所蔵情報を当ページ末に置きましたのでご参考にどうぞ。

『南摩羽峰と幕末維新期の文人論考』その後

 本年3月、定年退職を機に『南摩羽峰と幕末維新期の文人論考』という著書を出版しました。私の専門である近代日本文学とは少し傾向の異なる分野のものですが、長年細々と書き継いで来た歴史系に近い分野の論考をまとめたものです。幸い刊行直後の3月29日『読売新聞』文化欄に紹介記事が載り、6月2日には『週刊読書人』に山田俊治氏(横浜市立大名誉教授)による書評も掲載されました。お蔭で地味な専門書としては、売行きも順調のようで、心配していただけにホッとしているところです。

 主に地方の公共図書館や大学図書館などで購入していただいているようですが、個人で計8冊も購入して下さった未知の方もおられました。御自分で読んだ後、知人にも読ませたいと追加購入して下さったようです。著者冥利に尽きる思いを致しました。もちろん私の友人・知人から届く感想も嬉しいのですが、やはり版元の八木書店経由で送られて来る未知の読者からの反響が何より嬉しく感じられます。特に未知の読者の方から有益な情報を寄せられることもあり、これは新しい知見が加わるので著者として有難く格別の嬉しさがあります。此の度、図書館から機会をいただきましたので、ここではそのような例を一つだけ紹介したいと思います。

M・M氏(静岡県出身で製紙会社にお勤めの博識の方)から新資料の提供

 M氏の郷里静岡県掛川市で、明治22年に南摩羽峰が「孝之説」と題する講演をしており、その講義記録が掛川発行の『蕩々会講義録』に掲載されているとの御教示をいただきました。もちろん掛川での講演の事実も初耳ですし、『蕩々会講義録』という雑誌の名も初めて聞くものでした。早速M氏の御厚意に甘えてコピーを送っていただきました。

 これを読むと、羽峰は筑前国竹丸村の農民「正助」という孝子について触れており、しかも安政3年の西国遊歴の途次、正助の墓に立ち寄ったと述べているのである。その年が正助没後百年忌にあたり、藩主からも七日間の法要を行うようにとの指示と手厚い供物が贈られたと語っている。羽峰の西国遊歴の記録『負笈管見』については、拙著でも紹介したが、筑前竹丸(現福岡県宗像市武丸)の正助の墓に立ち寄ったことには触れていない。

 西国遊歴中の新しい足跡を知る事が出来たのが一つの収穫だが、『負笈管見』に記された「筑前」への観察は厳しい。「政教振ハズ風俗惰弱人情浮薄上下貧窮ス」と記し、村々の高札を写し取り、年貢を完済する前に他に売る者を見つけたら申し出よ、褒美を与える。と密告を奨励するような藩政に「其政教ノ善ナラザルヲ見ルベシ」と断言している。「孝子正助」の逸話と対照的な福岡藩の現実がいっそう興味深く思われるのである。

書名: 南摩羽峰と幕末維新期の文人論考
著者名: 小林修著
出版者: 八木書店古書出版部 , 八木書店 (発売), 2017.3
頁数等: iv, 355, 15p, 図版 [2] p ; 22cm
ISBN: 9784840697668
所在: 渋谷キャンパス 3F 和図書(0-5門)
289.1/N48K 5A0175121

(出版社の本書紹介)
 南摩羽峰は昌平黌で学んだ会津藩士です。秋月悌次郎とともに漢学者としての側面がよく知られる羽峰は、吉田松陰や河井継之助、松浦武四郞と同時代人でもあります。
 本書は、西国遊歴を記した『負笈管見(ふきゅうかんけん)』、蝦夷地代官としての活躍から明治維新の動乱期までの、南摩羽峰について明らかにするだけではなく、各種資料を元にした永井荷風や島崎藤村など、羽峰を軸とした多彩な顔ぶれへの論究を含みます。
 新出資料『安達清風日記』の<桜田門外の変>の記述は圧巻です。桜田門外の変の首謀者の一人である関鉄之助が薩摩に逃亡する途次、鳥取の旧友安達清風の元を訪ね、事件の有様を語った聞き書きについて明らかにします。
https://company.books-yagi.co.jp/archives/news/3149

画像イメージ南摩羽峰と幕末維新期の文人論考