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実践Webマガジン

桜むすび

懐かしいあの頃へ旅するシリーズ No.6

たいむとらべる日野キャンパス

 想い出の日野キャンパスは、どんな姿でしたか。
120周年記念整備事業が完成し、日野キャンパスもさらに大きな変化を遂げました。昔と今の姿を比べてみると、面白いかもしれません。

1965(昭和40)年 キャンパスマップ

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2016(平成28)年 キャンパスマップ

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南門

 日野キャンパス開学当初は、現在の日野駅から正門へ向かう中央線沿いの坂道(通称:乙女坂)は整備されておらず、畑の中の未舗装の歩行者用道路を歩くか、日野駅からバスでキャンパス西側まで行き、南門から入構していました。

1965(昭和40)年ごろ 南門

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2015(平成27)年 南門

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グラウンド

 日本陸連公認の300メートルトラックを中心にして走り幅跳びのピット、砲丸投げのサークルなどがあり、中高合同運動会も行われていました。現在の体育館のあたりには、テニス、バレー、バスケットなどのコート各2面がありました。1985(昭和60)年に現在の本館が建設され、全面芝生張りの現在のグラウンドにリニューアルされました。

1975(昭和50)年ごろ グラウンド

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2015(平成27)年 グラウンドと本館

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正門

 本館建設の際、本館北側のアプローチも整備され、北側の門が正門として位置づけられました。当時の正門は、現在の正門よりやや西側、本館の正面に位置していました。1999(平成11)年に創立100周年記念として香雪記念館、桜ホール、事務センターが整備され、それとともに現在の位置に正門が移動しました。

1985(昭和60)年ごろ 正門

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2015(平成27)年 正門

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矢頭橋から見た本館

 1965(昭和40)年から1997(平成9)年までの間、日野キャンパス内には学生寮(日野寮)があり、300名以上の学生が寮生活を行っていました。一部屋に4名ずつの学生が共同生活を送っており、ベランダや屋上には洗濯物がたなびく様子がよく見られました。

1986(昭和61)年 矢頭橋からみた本館と日野寮

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2015(平成27)年 矢頭橋からみた本館と香雪記念館

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4館前広場の桜の木

 4館と本館の間にある桜の木は、日野キャンパスが開学する以前、農地として利用されていた頃からもともとこの位置にあったものと考えられています。ソメイヨシノの寿命は60年程度とも言われており、4館前の桜はかなりの老木であると推察されています。

1965(昭和40)年 日野キャンパス開学時の航空写真

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2016(平成28)年 4館前広場と桜の木

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