階層構造設計法

評価の階層構造を利用した設計法  

 私の勤務する実践女子大学では、休み時間になると列ができる。ひとつは、トイレの前で、もうひとつは中央階段前である。
 一度だけ目にしたトイレ前の光景は、見たことのない異様なものであった。なんと、トイレの中まで列が続いており、トイレと廊下の境のドアは開けっ放しなのだ。その光景に出くわしてから、休み時間にトイレの前を通るのがはばかられるようになった。いや、別に変な光景が見えるわけではないのだが、見てはいけないような気がして。
 そのショッキングな体験のあと、研究室に戻って、ゼミ生に尋ねてみた。「開けっ放しで平気なのか」と。すると、併設校上がりの二人は、女子校では当たり前だと平然としていた。
 そっそんなもんかー。でっでも、下痢したときとか、トイレに入れないんじゃないだろうか。
 音は隙間があれば伝搬する。したがって、音を消すには密閉しなくてはならない。しかし、トイレというのは臭気の問題もあるから、空気を入れ換えなくてはならない。だから、結構すかすかだ。そこに10人以上も並んでいて、廊下までも漏れ聞こえる可能性もあったら、私はトイレに入れなくなりそうだ。
 男子校から工学部という青春を過ごした私には想像できない、女子学生の現実がそこに存在するのであった。

 もう一つの列は、本館の中央階段にできる。
 実践女子大学の本館は5階建てでH字の平面形をしている。全部で5つの階段があるのだが、4つは非常階段のようなもので、棟のすみっこにあるからほとんど利用されない。出入口がどこにあるかさえ知らない人の方が多いだろう。その結果、中央のメイン階段に人が集中するのである。
 休み時間の10分は短い。3階、4階にある講義室に入る人、出る人が休み時間の10分間に移動するから階段に人があふれることになる。なんでこんなことになるかと言うと、「光と陰」がテーマだったかららしい。

 この建物を設計したのは、第一工房という有名な設計事務所である。そして、建築業界賞を受賞している。それくらいだから、建物には工夫されているなあと感じる部分も少なくない。たとえば、講義室のある階には休憩スペースがあるが、ガラスの空間に配されているため、明るい雰囲気になっている。2階から1階のエントランスホールを見渡すことができるのも、面白い。エントランスホールにある彫刻は、薄暗いところに、スポットライトをあててあり、私は好きだ。2階への入口があり、その階段を挟んでいる棟がわずかに振ってあるので、階段の奥行きが強調され、研究室写真撮影のスポットにもなっている。などなど。
 しかし、中央階段は、工夫したことが徒になってしまった。この階段は、壁にくっついていないのである。そんなことできるのかと思うが、できている。各階の床のところで接合されているだけなのだ。

 なんでこんなことするかと言えば、上階の階段をすり抜けてきた光が壁に映し出されるときのコントラストを楽しみたかったからだろう。第一工房を主催している高橋さんという人は、その当時、光と陰に凝っていたのだと設計好きの友人が教えてくれた。
 そう言えば、学内でもっともいい雰囲気だと言われることの多い図書館も、トップライトを取り入れ、自然な明るさになっているし、勉強のためのスペースは芝のグラウンドと一体化した広いガラス窓に面している。先ほどふれた休憩スペースや像もそうだ。こちらは、「光と陰」に注目して、うまくいったところなのだろう。

 壁にくっついていない階段の幅を大きくはできない。だから狭い階段になる。中央の階段をそんな風にしたから、混雑する。トイレは階段の近くにある。これも階段の幅に制限されて、奥行きが足りない。だから混雑する。光と陰はかっこいいけど、今考えてみると、やってはいけなかったこともやってしまったのだった。建築計画の分野では、規模計画というのがあって、何人ぐらいの人がこれぐらいの時間に利用するから階段はこれくらい、トイレはこれくらいという規模を算出する研究が古くから行われているのだが、それを敢然と無視したに違いない。

 1999年は実践女子学園創立100周年にあたり、新たな建物が3つ建った。その設計者を選ぶときに、ある先生が「何とか建築賞は取らなくていいから、雨漏りとか洪水とか行列とかのない、そういう建物を造る人に頼んで欲しい。」と発言し、満場の拍手を浴びたことが思い出される。その発言を聞いて、私は、「いいとこもあるのだがなあ。」と、妙にそのときは建築家を弁護したい気分になった。変でしょ。
 設計している人の前では、勝手なことやっちゃいかんと言いたくなり、言いたいことだけ言ってるユーザーの前では、それだけでもないよと言いたくなる。あまり得な性分ではない。

(建築当初、スコールのような夕立が降ると、一階が水浸しになったそうだ。排水管が小さかったのか? まあ、こういうことがあれば拍手が起きても不思議はないのですが。)

 さて、ここまで書いてから、もう2年ぐらい経つ。その間に階段の列は若干短くなった(学生用のエレベーターができたから)....以下は、その前に授業でしゃべっていたこと。

 休み時間になると階段が混雑するよね。どうしてだと思う。
 −それは、階段が狭いからです。
 それじゃあ、どうしたら混雑が解消すると思う。
 −階段の幅を拡げればいいんです。
 そう、その通りです。じゃあ、拡げることにしよう。すると、階段の部分を全部作り替えるか、階段なんか付けられそうのない場所につけるか、どちらかになる。それも大変だ。

 実は他にも解決方法はあるのだ。それを考えるには、「どうして混雑するといやなのか」と考えてみればよい。
  ↓
 「休み時間に教室を移動するときに、階段が人であふれ身動きがとれない状態になる。そのとき、圧迫感を感じたり、時間がかかっていらいらすることがイヤ。」
  ↓
 階段に人を集中させないようにすればよい。

 そう、階段を拡げるのは、そのための一つの手段に過ぎなかった。

 こう気づいたのなら、いろいろアイディアが浮かんでくる。
・目立たないのでほとんど使われていない棟の隅にある階段を示す案内板をつける(実は階段は本館に5つもある!)
・研究室を上の階に、教室を下の階に配置し、階段を利用する人の数を上に行くほど減らすようにする
・休み時間を長めに設定して移動時間を確保する
・授業によって開始時間をずらす
・教室の移動を少なくするために、学科ごとに同じ階で授業を行うようにする
・移動しないで授業を受けられるように、教室をマルチメディア化する。
・学生用のエレベーターを設置する

実際に採用されたのは、エレベーターの設置だった。でも、休憩スペースがつぶされたのだった。写真だとよくわかるでしょう。

「階段の狭さ→混雑」の図式だと、広くすることしか思いつかない。しかし、一つ階層を上げて、問題の本質に近づくと、解決方法には幅が出てくる。こういうやり方を取ると、より良い解決方法が見つかりやすくなると思う。お試しあれ。

(付録)

−玄ちゃんと古賀さんへのオマージュ−

 さて、こんなことを考えていたら、まったく同様のことを丸山さんという人が考えていた。彼は具体的なニーズを上のレベルに持っていって、それを設計者が見て具体化するという、そういうステップを考えたのだった。
 インタビュー調査:「机を広くしたい。」→「図面を拡げられるから。」)→(設計者への伝達:「図面を拡げられるスペースをとってくれ。」→「頻度が低いので、共通のスペースを設けて、図面を拡げる必要がある場合にはそこに出向くようにしよう。」と、まあこんな具合である。
 これは、説明のために私が考えた架空の例だが、最初にユーザーが述べた言葉と、設計者が提示した解決方法が異なること、それでもニーズが満たされていることに注目して欲しい。

 さて、古賀さんとの話。点字ブロックをどこにでも配置しなくてはならないか、身障者用の駅のエレベーターは必ず必要かなどということを話していた時に、一般の人の通行を邪魔するとしか思えない形で設置されたところがある(表参道の駅など)という話題になった。後からつけると、どうしても無理が生じる。
 それなら、エレベーターをつけるのではなく、駅員が一々運ぶ形を取ってもいいのじゃあないか。何でも一律に定めると、そういうフレキシビリティがなくなると。まあ、そんな話をした。
 そう言えば、エレベーターの前に点字ブロックをつけたのに、マニュアルにないから外すと言っているJRと、はずさないでくれと言っている目の不自由な人の話題を新聞で読んだことがある。
 「マニュアルって何?」と思わずにいられない。

 大岡裁きのような柔軟性は、「目的」とか「潜在ニーズ」といったものに目を向けるところから生まれるのだと思う。




fin.
2001.4.14

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