2012年度修士論文講評

現代の都市住宅の開口部がつくる半外部化する内部空間に関する研究

2012年度修士論文 牛山優衣

 かつての日本の住宅は、農家に代表されるように、室内は襖や障子で外部に向かって開放され、室外とゆるやかに連続していた。住宅の内部と外部は相互補完的で融合的な関わりをもち、外部の景色や光・風、他者や地域社会を室内に取り込むことで、住宅が成り立っていた。内部と外部は縁側や軒下、土間や通り庭など、半分内部で半分外部のような領域によって、段階的につなげられていた。それは内部と外部との間にグラデーションを作り出す境界の形であり、中間領域と呼ばれる。しかし現在では、プライバシーや気密性を求める住み手の意識と、住宅の外部に広がる地域社会やコミュニティの変貌・喪失とが相まって、住宅から曖昧な中間領域は失われ、閉鎖性が高まりつつある。とくに都市部に建設される住宅ほど、住宅を外部社会から切り離して、その内側に便利で快適な環境をつくることに主眼が置かれるようになってきた。都市の利便性や楽しさを享受しつつ、都市に向かって背を向ける住み手の意識がそこには反映され、そうした住宅の存在はそうした住み手の意識を強化・再生産している。

 本論文では、現代の新たな都市住宅の開口部に注目し、そのように膠着した住宅と都市との関係を変容させる可能性を見出そうとしている。対象としているのは、(自宅のプライベートな庭に面した開口部ではなく、)パブリックな都市空間に面した開口部である。

 通常の開口部(窓)は壁に穿つように設けられる。こうした開口部は、室内空間の適度な閉鎖性を保ちつつ外部の景色や光を取り込むことを可能にするが、しかし同時に、住み手の意識を室内だけに押しとどめ、外部の社会との間に意識的な断絶をもたらしているのではないか。それが本論文の問題提起となる。そして近年の都市住宅で設けられることのある、壁の全面を窓にしたり、壁の入隅部に設けられるような開口部に注目する。このような、より外部との連続性を強調する窓は、壁による囲まれ感を削減し、室内空間の安定性に揺らぎを与え、住宅内における住み手の意識を外に向けさせる力をもつ。それは単に視覚的な連続性をもたらすだけはなく、外を意識した振る舞いやしつらえを誘起させる。そこには、室内空間でありながら、完全な私的領域にとどまらない半ば公的性格をもつ領域(=中間領域)が発生している、と捉え直すことができる。この新たな中間領域の出現に、都市と住宅との関係を結び直す可能性を見出していることが、本論文の大きな特徴である。

 かつての日本住宅の中間領域と現代都市住宅のそれとでは、「半内部化された外部空間」と「半外部化された内部空間」という明瞭な違いがあるが、内部と外部との関係をつなげる機能的側面からは重要な共通点がある。そのために、見た目は異なるものの「中間領域」という同じ用語が使用されている。中間領域の存在は、住宅の内側に外側を取り込むと同時に、外側の社会に対して住宅の内部空間を差し出すことを意味する。その結果、住宅の住み手に、「家に住む」という感覚から「町に住む」という感覚への変容を促す可能性があることにも言及されていく。それはさらに、我々の住宅に対する意識を、住み手だけに閉じられたプライベート領域である、という意識から、外部の社会との関係性をもつようなパブリック性を帯びた存在である、という意識へと少しずつ変容させる可能性を含んでいる。

 本論文では、住宅雑誌に掲載された写真を対象にしているため、必ずしも住み手の意識や要求が読み取られているわけではない。しかし実際に、外部との連続性を重視した開口部をもつ住宅が設計され、(まだ限られた住み手に過ぎないかもしれないが、)確かに住み手に受け入れられているという事実を出発点とする。そして都市の中にこうした住宅が存在していくことは、実際の住み手の要求とは独立に、住宅自体が社会的存在としての価値を再獲得していく可能性を孕んでいると言えよう。

 手法としては実証的なアプローチではなく、客観性をどのように担保するか、という課題が残る。また理論的に完成されているというよりも、まだ今後の理論展開に向けての端緒を示した段階にあると言える。しかし、今後の住宅と都市との関係を解明していく一つの都市住宅論として、新しい理論的基盤を目指そうとした意欲的論文であり、修士論文に値すると認められる。



2003-2013, Space Design Laboratory, JISSEN Univ.
Status: 2013-03-05更新