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生活環境を知るための文献

私が薦める一冊の本

エーリヒ・ケストナー(高橋健二訳)
飛ぶ教室
岩波書店、2007

 本書は「生活環境学を理解するための書籍」としてふさわしいのか。そもそも生活環境学とは何か。暮らしにおいて何が美しく何が見苦しいか、そうしたことを考える学問であるとすれば、ふさわしいといえる。幾つか訳本が出ているが高橋健二の訳が私には最もしっくりする。他の訳には、そりゃないだろうと発したくなるところがある。

 この本はヒトラーが政権を得た1933年に出版されたが、当時の著者の気持ちが随所に織り込まれている。物語のほぼ中央、子供たちがいたずらした場面でクロイツカム教授は言う。「おこなわれたいっさいの不当なことにたいして、それをおかしたものに罪があるばかりでなく、それをとめなかったものにも罪がある。」主人公マルチンを通じ、知性に裏付けられかつ行動を伴ってこそ真の勇気であると訴える。また、ドイツにおけるルールを守る国民性については有名であるが、この物語もルールの解釈をひとつの軸として展開される。ケストナーは美少年テオドルを登場させ、ルールをただ守りさえすれば良心に恥じる所はないのかと問う。

 人は加齢に伴い小説を読まなくなり映画も観なくなる。しかし、この欄の担当が巡ってきたので本を手にしてみた。これを読むのは5度目くらいか。いろいろな場面が美しく切ない。読者の年齢と落涙の量は比例するようである。(K. Y.)