生活環境講座

第5回 洗濯の第一歩 〜汚れとの出会い〜 牛腸ヒロミ
はじめに

人間の身体の表面から、着衣表面の空気の層を含む10数cm〜数10cmの環境は、衣環境とよばれています。衣環境は最も小さな生活環境と言えます。衣環境を制御するのは被服の材料であり、デザインであり、着装の仕方などであります。衣環境を制御する被服が汚れると、その性能は変化し、衣環境にも影響を及ぼします。快適な衣環境を保つには、被服を清潔にしておく必要があるのです。

界面活性剤の働きーぬれる、ぬれないー

 洗濯しようとしてウールのセーターを水に漬けてもなかなか沈みません。しかしそこに洗剤を加えるとすぐに沈んでいきます。何が働いているのでしょうか。ぬれる、ぬれない。考えてみれば、身の回りにはこの性質を利用して私たちの役に立っているものがいっぱいあります。ウールは水を吸いにくいけれど綿のTシャツは速く汗を吸います。新しい布製の傘では、雨がころころ玉になって落ちます。テフロン加工したフライパンに水や油を入れると、どちらもころころと玉になります。雨水も、空気中を玉になって落ちてきます。

 水のような液体や、プラスチックのような固体でも空気や油などのほかのものとの界面(*注)を作るには、エネルギーが要るのです。界面を作りたくないときには、水は表面積が最も小さくなるように玉になり、作ってもいいときには、広がっていきます。洗剤を入れるとぬれるのは、ウールは洗剤液とならば界面を作りたいのです。なにが働いているのでしょうか?それは、洗剤中に含まれる界面活性剤の働きなのです。ウールの表面は油のような性質があります。一方綿はセルロースからできていて、表面が水となじみやすいのです。新しい傘やフライパンは、それぞれはっ水性の加工、つまり表面に水となじみにくいものを薄く塗ってあります。

 空気との界面をつくるのに必要なエネルギーを表面張力といいます。水の表面張力は、76dyn cm-1で大変大きいのですが、ほんのすこし界面活性剤を加えるだけで、30dyn cm-1位に下がります。油の表面張力もこれぐらいの値ですから、お互いに界面を作ろうとし、ウールが洗剤液にぬれるようになります。ぬれなければ、洗剤液は汚れに到達できません。

図1 水分子と液体内部と表面の水分子

 最近はいろいろな顕微鏡で分子や原子の一つ一つが見えるようになり、表面も観察することができるようになりました。水の表面や油との界面を見てみましょう。図1の中に示すように水のH2O分子 の中では、 +の電荷とーの電荷に分かれているので、電気的な性質があります。図では簡略化し+−をはずして丸く描きましたが、液体状態では隣同士の水分子の+とーが結びついて、4分子、5分子、- - -20分子といろいろな大きさの紐や網目になっています。(さすがにこれは見えませんが。)ところが空気との界面の方にはつながるものがないので、水中方向に大きな力が働き、表面を作るには大きなエネルギーが必要になります。一方、油は、電荷が分かれていないポリエチレンのような炭化水素でできているので、分子同士の結びつく力が小さく、空気との界面もつくりやすいのです。そこで界面活性剤の出番です。

図2 界面活性剤のモデル図

界面活性剤は図2に示すように、水になじみやすい頭の部分(親水基=官能基)と油になじみやすい尻尾の部分(疎水基=炭化水素基)が、ひとつの分子の中につながれたものです。図3(A)のように水に界面活性剤を入れると、界面活性剤の量の増加に伴い、(B)(C)と変化し、ある濃度になると、この分子は、表面では油になじみやすい尻尾の部分を空気中に立てて、水になじみやすい頭は水中に入れて液体表面をおおいます(D)。(D)の状態が最も表面張力が小さくなる状態です。これで水と油の界面をつなぎ、両方のなじみが良くなってウールはぬれ、ウール中の汚れが初めて洗剤液と出会うのです。

図3 界面活性剤水溶液のモデル図

 さて洗濯では、次に、ウールになじんだ洗剤液の中に油汚れが取り込まれるのですが、これもまた、界面活性剤の別の働きです。(続く) (H. G.)

*界面:気体と液体、気体と固体、液体と固体、液体と液体、固体と固体の境界面 のことで、気体と液体や固体の界面を表面と言う。