生活環境講座

第10回 痕跡というデザインのヒント 槙 究

拙著「環境心理学 -環境デザインへのパースペクティブ-」の第2章は、以下のような文章で始まる。

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歩道の配置について考えさせられるひとつの実験がある。
紙野桂人は、ひとまずキャンパスの広場にクローバーの種を播き、1年ばかりのあいだ、通行を禁じることにした。
翌年になって、すべての通行を解除したが、クローバーの野原に人々はなかなか踏み込もうとしなかった。しかし、学外の者が踏み込んだのをきっかけに、その年の秋には野原に人々の通った跡が白い筋としてはっきり現れるようになった。
そこで、紙野はこの筋を手がかりに歩道を整備した。それが使用者が望む歩道の配置を示していると考えたのである。

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これは、人の行動の軌跡がデザインのヒントになるということを示している。
人は、ある自由度を与えられると、その中で行為を選択する。それは、他の選択肢よりも望ましいと考えた選択だろうから、それがヒントになる。

こんな事例はどうだろう。
これは実践女子大学大坂上キャンパスの本館、メイン階段の過日の風景である。

別にエレベーターはあるけれども、この階段は3階、4階にある講義室へ向かう、もしくはそこから下ってくるメインの動線である。撮影した1階から2階に向かう部分は三方を壁に囲まれており、つづら折りに歩を進めれば、視線がそれぞれの壁に向かう。情報を掲示するには絶好の場所なのである。
それならいっそ、ここに掲示板の機能を持たせてはどうだろう。そう考えると、新しいデザインが思い浮かぶような気がする。

こういう意見にはコメントが付く。階段はすっきりしていた方がよい。
さあ、それではすっきりと情報を提示するにはどうしたらいいか。
そう考え始めたなら、デザインは一つ先のフェーズに進んだと言えるだろう。(K. M.)