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実践女子大学 香雪記念資料館

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下田歌子記念室

 実践女子学園創設者下田歌子は、安政元年(1854)、美濃国岩村(現在の岐阜県恵那市岩村町)に生まれました(幼名鉐(せき))。18才で上京し、翌年より7年あまり宮中に奉仕し、皇后(後の昭憲皇太后)に歌才を愛でられ、歌子の名を賜ったと伝えられています。宮中を辞して後、私塾「桃夭(とうよう)学校」の開設、華族女学校設立に関わるなど、教育者としての道を歩み、欧米諸国の教育視察等を経て、明治32年(1899)、本学園の前身である、帝国婦人協会の教育部門として実践女学校・実践女子工芸学校を設立しました。一般女性の教育の重要性を説き、女性の自立と自覚を促す広汎な啓蒙活動を続け、昭和11年(1936)に生涯を閉じるまで、教育者としての姿勢を貫きました。
 そうした教育者、啓蒙者として生きた下田歌子の人生を語る資料が「下田歌子関係資料」です。逝去後、ご遺族より寄贈された遺品を核とし、その後収集されてきました。旧蔵の宮中御下賜品や書画をはじめとして、文学著作、和歌作品、書簡、教育事業関係資料、父祖三代関係資料などがあります。実践女子学園香雪記念資料館では、それらを順次公開しています。

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