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藤原 香織さん

現在の仕事内容

画像イメージ藤原 香織(平成21年3月卒業)

みなさんの生活必需品は何でしょうか。愛用のバッグの中には携帯電話に携帯ゲーム機、本に手帳にお化粧ポーチ……私も同じです。
これらのものを使って私は、在学中に夢を掴みました。なんと携帯小説作家になったのです。しかも、紙の書籍ではなく、ゲームソフト「みんなで読書 ケータイ小説ですぅ~」に作品収録、という全く思いも寄らなかった形で……。

20代のうちに小説家になりたいと思っていた私は、最初、実践女子短大日本語コミュニケーション学科出版・編集コースに入学しました(実は、現役での入学ではありません)。そこで校正の資格を取り、書く面白さを学び、『枕草子』の虜になった私は、実践女子大学への編入学を選びました。女流作家である清少納言や紫式部のことを知りたい、国文学や日本語についてきちんと学びたい、多くの知識を蓄えたいと思ったのです。それと、図書館の本の豊富なこと!日頃のレポートに必要な参考文献から小説のネタ探しまで……まず困りません。この環境にもう少し身を置いておきたいと思ったのも、編入を決めた理由の一つです。

このときはまだ、自分が携帯小説作家になるとは思っていませんでした。
もっと言えば携帯小説の存在すら知りませんでした。好奇心剥きだしで無料のケータイ小説サイトにアクセスした時に、歴史・時代小説(私はこればかり書いています)の数が少ないことに気付き、これはいける、と、妙な確信を持ちました。ちょうどその頃、新選組を題材にした小説の構想を練っていたからです。そう思った瞬間、ただ持ち歩いているだけだった携帯電話が大切な執筆ツールになりました。 携帯小説を執筆するのは主に朝と夕方、片道2時間弱の通学時間にしようと決めました。月曜日から土曜日まで毎日授業があったので、ほぼ毎日せっせと書いていました。立っていようが座っていようが歩いていようが読者がゼロに近くなろうが……夢中で書きました。家に帰ってからはパソコンに向かって新人賞応募用原稿を書きました。携帯小説の執筆、応募用原稿の執筆(この二つは卒業論文が終わった今も、続けています)、授業のレポートや試験……一年間に何万文字書いたかな、という一年を過ごしました。 そうこうしているうちに、(これも現代的だと思いますが)インターネットで知り合った方が、ゲームソフトに収録するケータイ小説公募の話を持ちかけてくださり、応募した作品が、結果的に私のデビュー作となりました。

振り返れば結構ハードな日々でしたが、音を上げることなくやってこられたのは、毎日が充実していたからでしょう。私が作家になりたいと言った時に、笑ったり一蹴したりすることなく、書きなさい、応募しなさい、と、背中を押してくださる先生方と出逢い、はっきりと作品の感想を言ってくれる友人たちとも出逢いました。
そして、楽しい講義の数々……どの講義でも、作品のヒントになる情報や知識が沢山詰まっていました。というのも、授業では、多くの出来事や人々、思想や文化を知ることになるからです。毎時間毎時間が、新しい出来事との遭遇の連続です。私の場合、平安文学を中心に学んでいたので、平安貴族の暮らしや文化、和歌や歌人など興味は尽きませんでした。一つ知ればまた次が知りたくなり、満足するまで知識が得られる……大学とはこのように好奇心が刺激され、満たされる場所なのでしょう。私は、授業のノートをとりながら、これはこのストーリーに使える、これはこっちのお話の人物設定に使えそう……そんなことをいつも考えていました。「ネタ帳」も一緒に机の上においていたり、思いついたショートストーリーをプリントの裏や端に書いて友達に見せてみたり……そのおかげで90分間ペンを走らせっぱなし、ということも珍しくありませんでしたが、とても楽しかったです。

今の私は、まだまだスタートラインに並んだばかりです。
作品を一つ、ようやく世の中に送り出したものの、来年の今頃は自分がどうなっているのか、全くわかりません。不安がないのかと聞かれれば、不安だらけです。それでも、自分の夢や目標を諦めるつもりはありません。茨の道だといわれても、無理だといわれても、やってみなくちゃわからない!
一歩踏み出して、良いかも知れないと思ったら、そのまま走る。
もし失敗だったらやり直せばいいし、疲れたら休めばいい。うちの大学ならきっと支えになってくれる……これが、実践女子大学に通って私が実感したことです。