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スタッフインタビュー 牧野 和夫教授

日本中世文学 書誌学 牧野 和夫教授

日本中世文学 書誌学  牧野 和夫教授

牧野 和夫(まきの・かずお) 1949年生まれ、東京都出身。 慶応大学 大学院後期博士課程満期退学、博士(文学)。 専門は中世文学、特に平家物語を中心とする研究を行っている。

まずはお生まれを教えください。

東京都豊島区で、有名な「トキワ荘」のすぐそばで生まれ育ちました。歩いて五十歩の距離です。

その頃のトキワ荘には、誰が?

手塚治虫はもうだいぶ前に出ていて、藤子不二雄(F・A)や赤塚不二夫、石ノ森章太郎、水野英子、寺田ヒロオがいたはずです。ただ、その頃の漫画はおおっぴらに読むもんじゃなくて、親に隠れてこっそり読むものだったんだな。

それだけご近所だったら、すれちがっていてもおかしくないですね。

ラーメン屋の「松葉」だとか、長崎チャンポンの「ひぐち」とか、「目白映画館」だとか、あとは池袋行きのバスなんかでいっしょになっていたかもしれませんね。

そういえば、お生まれの椎名町あたりでは、トキワ荘の記念碑が立ちましたね。

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あれは、実はぼくが火付け役の一人です。たぶん。目白の学習院大学に非常勤で行ってた2・3年前、懐かしくて椎名町に寄ることが多かったんですが、そこで入った店の主人に「せめてトキワ荘跡とか碑を立てるべきだ」と立ち寄るたびに何度も、話をしました。実は、その店は漫画雑誌の編集者たちの「タマリ場」で、店主が区議さんやら漫画家さんに顔がきいて、店主は「そうですね。進めてみましょう」と。

それは確かに、先生が「火付け役」ですね。

最初の設計図は持ってますよ。その後、学習院大学に行くことがなくなったのですが、話が良い方向にまとまったんだと思います。

そのトキワ荘の近所にお住まいでしたが、通われた学校は地元ですか?

地元の椎名町小学校から長崎中学、高校は小石川高校です。

ちなみに、クラブ活動などは…?

卓球部でした。当時は日本の卓球は強かったんですよね。最近はせいぜい温泉卓球くらいしかしませんが。

そして、大学は慶応大学ですが、どうして慶応大学に進まれたんですか?

折口信夫へのバクゼンとした憧れかな。高校時代、面白い国語の先生(法学部出身)がいて、その先生が当時の研究状況なんかを話してくれたんですよね。それで、国文学、民俗学なんかへの志向が生まれて。

どういうことが面白かったんですか?

うーん、分からなかったんですよね。分からないことが面白い。これは今もそうです。それで、その先生から折口と池田弥三郎(元慶応大学教授、折口信夫の弟子)さんの話なんかを聞いて、慶応を受けてみようか、と。

研究者としての志も高校時代からお持ちでしたか?

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いや、大学に入ってからですね。卒業論文が平家物語で、もうちょっと勉強してみたい、と。

慶応では民俗学をなさらなかったんですか?

平家物語を民俗学的なアプローチで、と考えて池田先生にお会いしたら、「君は平家物語をやってるんだから、森武之助(元慶応大学教授、近世文学研究者)さんのところに行きなさい」と。そのあと、森先生にお会いしたら「平家物語をやるんだったら、キリシタン版(イエズス会の宣教師が作った、ローマ字で書かれた書物のこと)をやれ」と言われたんですが「キリシタン版は勘弁してください。延慶本をやりたいです」という話をしたところ、「じゃあ、これから地下室に案内するから」と言われ、連れて行かれたのが旧図書館の地下にあった斯道文庫。そこにいたのが阿部隆一(元慶応大学教授、書誌学研究者)先生でした。阿部先生とお話ししたところ、松本隆信(元慶応大学教授、中世文学研究者)先生を紹介されました。たらいまわしですね。

師匠といえるのはどなたですか?

うーん、確かに森先生や松本先生にも学んだけれど、他の先生方にも学んだね。斯道文庫だと、阿部先生はもちろんですが、太田次男(元慶応大学教授、比較文学研究者)先生に大変お世話になっています。

修士課程、博士課程の間もずっと平家物語の研究をなさってたんですか?

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中心としてはもちろん平家物語です。これは、今もそのつもりでいます。授業をするときに、格の大きなものを据えなければならない、といろんな先生に教えられました。
ただ、斯道文庫に出入りしていたころは白氏文集の訓読をしたり、室町時代物語大成の読み合わせをしたりしていたので、平家物語以外のことも勉強していました。

先生の授業といえば、平家物語以外に、「集古会」だとか「西遊記」だとかもあつかってらっしゃいますね。

理由は簡単で、ぼくは元々延慶本の平家物語を扱ってきたんですが、そこに絡まるいろいろなことを明らかにしなければならないんですね。仏教の影響、たとえば根来の仏教だとか、天台の仏教…。古本を買うようになったのも、斯道文庫へ通い始めた頃です。「沖森」で『楽邦文類』を買ったのが最初で、太田先生に勧められました。

延慶本の平家物語を起点にしながら、そこからいろいろなことへとつながっていくわけですね。

端からみれば、いろんなことに手を出しているように見えるかもしれませんが、ぼくは、今までやってきたことが延慶本平家物語を考えることに一番近い方法だ、と思っています。

平家物語へとフィードバックされていきますか

一般に平家物語は、「平家物語」という単一のテキストがあるように思われていますが、実はそうではありません。いろいろなテキストがあって、しかも内容が必ずしも一致しません。延慶本の場合、いろんな時代のいろんな事を吸収して成っている、と考えられます

延慶本の平家物語の魅力とはなんですか?

延慶本はいろんな要素へと広がっていくものですが、逆にいえば、いろんな要素の交点ともいえます。しかも交点のひとつがはっきりしています。和歌山の根来と。そのあたりですね。

では、もう少し範囲を広げて、勉強するのは何のためですか?

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先ほども言いましたが、「分からない」からですね。興味がなければ、分からないということ自体が分かりません。興味をもって対象にあたれば、分からないのか分かるのかが分かる。「面白そうで、でも分からない」というのが「時間」を忘れさせるんですね。

最近のご興味は「集古会」ですね。

「集古会」は近代の趣味人たちの集まりですが、「興味はあるけれど、分からない」ことについて、実物をもって語る会ですね。大学制度ができて、学部学科が固まり、大学に属するひととそうでないひととが分かれていきますが、その時期の前後に、集古会はその両方が良いかたちで混ざり合っていた集まりです。「今」を考える上で興味をもっています。最近、研究が進みつつあります。

他に、宋版一切経(中国の宋代に出版された経典の大集成)の調査・研究もなさってますね。これは、平家物語とつながるものなんですか?

そうですね。平家物語のなかに出てくる宋代の仏教、とくに出版の影響をみるためには、重要なものですね。それまでの研究では、よくわからないので、自分でやるしかないな、と15・6年前から着手しました。さらに、九条道家(鎌倉時代の公家)の一族との関連もわかってきました。

なんというか、広くいろんなことをされるんですね。

あらゆることが絡んでますからね。これまでぶつ切りになっていたことをつなげて、二押し三押しすれば、少しずつドアが開く、という感じでしょうか。
延慶本平家物語のおかげですよ。

では、最後にこのページを見ている学生諸姉、またうちの受験をかんがえている方に一言お願いします。

いくつかあるんですが、一つは「明日のことを思い煩うなかれ。一日の労苦は一日にして足れり」だったかな。正宗白鳥が書いたから、妙に心に残ったのだと思います。

ありがとうございました。

(聞き手 助教:植田麦)