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柑本英雄先生

国際政治学

柑本 英雄(KOJIMOTO Hideo)/現代社会学科・教授

略歴:早稲田大学政治経済学部卒。社会人経験後、ブリストル大学(英国)に留学。エセックス大学(英国)大学院社会学研究科修士課程修了(MA)、早稲田大学大学院社会科学研究科博士後期課程満期退学(学術博士)。弘前大学人文学部教授、ブリティッシュ・コロンビア大学(カナダ)客員教授を経て現職。

Q.先生の最近の研究テーマについて教えて下さい。

2014年に本学に赴任してすぐ、『EUのマクロリージョン 北海・バルト海沿岸地域協力』(勁草書房)を上梓しました。これは、ヨーロッパの環北海地域などの地域主義や越境協力についての研究成果をまとめたものです。現在は、比較基層文化論の共編著をまとめているのと、ドナウ川集水域の地域協力の研究を進めています。また、今年から、EU・英国・スコットランド・アバディーン州の政治関係についての研究を、英国のEU離脱、スコットランド独立問題の観点から開始しています。もう 20 年近く研究のため通い続けているアバディーンはディーン川河口に広がる美しい街で、鱈の漁獲や北海油田の基地として有名です。ぜひ、一度、訪れてみてください。鱒釣り好き、シングルモルト好き、古城好きにはたまらない場所です。

Q.国際政治学の楽しさや、学んでいて良かったこととはどのようなことですか?

実は、研究をしていて「ドキドキ」することや「達成感」や「発見の喜び」はしばしばあるのですが、単純に「楽しい」と感じたことはきっとこれまで無かったように思います。それよりも何よりも、常に、自分の力の無さと向き合うことを余儀なくされる「奥の深い学問分野」であると感じます。わたしにとっては、「呻吟」と「懊悩」の方が、「楽しさ」よりは身近な言葉に感じます。

学んでいて良かったことは、実際の社会での経験を「論理的に順序立てて言葉にして人に伝える技」を身につけられたことでしょうか。また、日本で生きている自分を相対化して、常に世界の中で考える方法論を、この学問を通じて師が授けてくれました。そのことを有難いと思っています。そのような方法を身に着けて、最終的には、将来の日本のあるべき姿を、国際政治の視点から考えられればと思います。

Q.国際政治というテーマはわたしたちの生活とどのようにつながっているのでしょうか?

簡単に言ってしまうと、日本の政治・経済・文化が世界に与える影響の大きさを考えれば、実は、「日本の出来事」がすなわち「国際政治のトピック」でもあるとも言えます。

確かに、日本で普通に生活していると、なかなか、国際政治(ここでは国外の政治)に目を向けねばならない場面は、そう多くはないと思います。しかし、本当は、その日々の生活こそが「国際政治の現場」に直結し、わたしたちは誰しも、国際社会とは無縁でいられないことを知らねばなりません。

例えば、アフガニスタンの英国軍駐留も、わたしの英国の親友の息子さんがその部隊に選抜されたとたんに、「単なる異国の紛争解決」のニュースにはなりえませんでした。結局、彼は足を負傷して帰国することになります。その後、数年、その戦闘のトラウマに苦しめられることになります。

誰かと誰かの間に何人かが入るだけで、実は、あなたもその関係者になるかもしれないのです。ダンカン・ワッツ の『スモールワールド—ネットワークの構造とダイナミクス』(Duncan J. Watts “Six Degrees: The Science of a Connected Age”)や Mark S. Granovetter の論文 ‘The Strength of Weak Ties’ などにも挑戦してみると、SNS や Skype でつながる世界の狭さや近さ、そしてその真の恐ろしさの意味も実感できると思います。だからこそ、世界の「今」には常に注意を払っておく必要があります。興味のある方は、YouTube で The Science of Six Degrees of Separation などを検索してみてください。

Q.先生のご研究と、講義でお話をされる内容は、どのようにリンクするのでしょうか?

学生たちと接していく中で、自分にできることは何かと考えると、それは、「研究者として国際政治学の最先端を走り続け、その片鱗を講義の最中に見せ続けること」なのではないかと気づかされます。これは、30 年来の知り合いで、わたしの髪を切ってもらっている表参道のヘアサロンのオーナーでトップスタイリストの方との話の中で確信したことでした。その方に、髪を切ってもらいながら、飾ってあるモデルさんの写真を見あげて、

「なぜ、先生は、この世界ではこんなに有名だし、もう、お客さまがシンガポールから飛行機で髪を切りに来るくらいなのに、その写真にあるような “アーティスティックな最先端のスタイル” を作ったり、そういう研究のために、ロンドン、ミラノ、ニューヨークに自己研鑽に行ったりされるんですか? それって、こうやって、僕の髪を切るのとはかけ離れていますよねえ?」

と尋ねたことがあります。彼は、業界ではとても名の知れた有名人で、マスコミにもよく登場されています。その彼が、こう答えてくれたのです。

「アートで、世界のモードの最先端がどこにあるかを常に追求しているからこそ、こうやって “切る” サロンワークの一鋏に「流行が映る」んですよね。柑本さんも講義で、そういうことを感じられたことありませんか?」

なるほどと、膝を打ったのを覚えています。この先生ほどクールには行かないけれど、欧州政治研究の最先端に身を置きながら、何とか、学生たちに、国際社会のトップウェーブが少しでも垣間見えるような講義を展開していくことが「研究と教育の往還」を担うものの責務なのだと思っています。

Q.先生が普段の生活で心がけていらっしゃること、学生にもしてもらいたいことはどのようなことでしょうか?

わたしが担当する国際協力支援論や NPO・NGO 論などには、「協力はするべき」という社会科学の価値中立性を超えた「価値判断」と「現実の行動」が入ります。自らの生きるコミュニティに対して、そして、少しそれを広げて、国際社会に対して「自分は何ができるのか」を見つけてもらえればと考えます。実は、それらはさほど難しいことではなく、自らの持ち場である「一隅」を照らすことから始めればよいのではないかと思います。「一隅を照らす、これ、すなわち国宝なり」の言葉は、伝教大師さまが『山家学生式』に書かれたものです。

そのためには、まず、自分自身の価値判断の背骨となる「知の後背地」を広く豊かなものにしてください。そして、迷ったら1歩踏み出して、失敗して、たくさん、若いうちに叱られてください。皆さんの大学での「おしごと」は「失敗すること」なのだと思います。失敗して、失敗して、失敗して、失敗を重ね、失敗の痛みに鈍感になって下さい。そして、同時に、「失敗に導いた原因」には敏感になって、その原因を究明し、排除するよう次には心がけていって欲しいと思います。

Q.実践女子大学の持つ「価値」はどんなところにあるのでしょうか?

この大学に赴任するにあたって、ある著名な先生からこのような言葉をいただきました。

「柑本さん、あなたが実践女子大で教育にあたられることをわたしは心からうれしくおもいます。実は、わたしの母は、80 年前、まだ実践が大学を名乗る前にそこで学んでいたのです。どうぞ、母の後輩たちに良い教育をなさってください。」

創設者の「理想」と、連綿と教え子たちに受け継がれた「学燈」こそが、その大学の背骨であるとわたしは考えます。この常盤松の校舎で学ぶことの意義は、そのような「学問的な霊性」に裏打ちされているのだと思います。その意味で、この大学のいくつかの学部が、明治、大正、昭和の時代を通じて多くの先輩たちを育んだ渋谷の故郷「常磐松の地」に戻ったことには大きな意味があると考えます。

先輩たちが自らの拙さに嘆息し懊悩し、そして学問を通じた成長に涙した、ひとりひとりの歴史がこの土地に染み込んで「学問的な霊性」の根となってくれているのです。この「学問的な霊性」こそ、大学の価値であり、誰にも奪われることのない「教えの礎」です。

心がけのところでお話しした「一隅を照らす」に通じることとして、この大学に来て感心したことがあります。その 1 つは、何人もの学生が講義終了後、席を立つときに、消しゴムの削りかすをティッシュにくるんでポケットにそっと入れたことです。そして、もう1つは、最後の1人が大教室から出たあと、すべての座席が机の方に入れ込まれている光景でした。図書館のソファに寝そべって叱られているような学生が、一方で、このような伝統に感化されていくことの不思議さを感じざるを得ませんでした。同調圧力ではなく、また、躾でもなく、「伝統」として上級学年が自らの行いで後輩たちに連綿と伝えていくことの力のありようを見せつけられる思いがし、その誰もいない整然とした教室を携帯で写真に収めたのを覚えています。

Q.先生のゼミではどのようなことを行っていますか?

国際政治学を通して、社会人として求められる「論理的な思考」を身につけることを目標としています。ゼミは「知のポトラックパーティー」(持ち寄りのパーティー)の場なので、ゼミ以外で経験したさまざまな事柄を「テーブルの料理」として持ち帰ってもらう、というのが特徴です。ですから、とにかく、知らない土地、特に海外に行って、さまざまな判断を迫られる環境に自分を浸してほしいと思います。そうすることで、人間としての引き出しの数を増やしてくるとように勧めています。

具体的に 3 年次では、国際政治学の理論について発表しもらい、議論を通して理解を深めていきます。4 年次には、集大成である卒論作成のために自分の興味のある分野についてさらに深く掘り下げて研究をしていきます。夏季に 4 年・3 年合同で 1 日たっぷり討論する機会を持ちます。3 年生にとっては、4年生と同じ場で議論をすることで、早い段階で卒論や卒業後の社会での生活についての意識を高める機会にもなっています。

Q.先生が学生時代に手にされ感動した「高校生、大学生に勧める1冊」をお教えください。

1冊はなかなか難しいですが、あえて1冊にしぼると、内村鑑三『後世への最大遺物・デンマルク国の話』を読んでもらいたいと思います。内村鑑三の娘・内村ルツ子は実践女学校の出身で、本学に縁の深い人です。

キリスト教者としての内村鑑三が、市井の人々が後世に残せるものは何かを切実に問いかけます。わたしは、キリスト教者ではなく、高野山真言宗の敬虔な仏教徒の家庭で祖母と母に幼いころから宗教感情豊かに育てられました。そんなわたしの高校時代、この本は大きなインパクトをもって語りかけてくれました。

そして、本ではないのですが、キリスト教者でない方なら、この内村鑑三を読む前に、ぜひ、アメリカのテレビドラマシリーズ “ザ・バイブル(The Bible)” を見て欲しいと思います。その中から編集して制作された、キリストの生誕から受難、復活までを描いた『サン・オブ・ゴッド』は、様々な媒体で視聴可能です。

この旧約聖書と新約聖書の映像を通じて、内村が考えた生き方への問いの意味がさらに深く見えてくるように思います。この映像は、国際政治学の学びの入り口として、現在のパレスチナ問題を理解する上でも、たいへん有用です。今も、依然として、旧約聖書と新約聖書、そしてコーランに記述された歴史の連続に、国際政治があることを認識させられます。

(聞き手:齊藤あゆみ・佐藤葵/調査日:2015 年 11 月 10 日)