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土屋結城准教授「近代イギリス文学・文化演習d」

「近代イギリス文学・文化演習d(後期)」の概要

 「近代イギリス文学・文化演習d」では、イギリスの小説家メアリー・シェリーが19世紀に発表したFrankenstein『フランケンシュタイン』を取り上げる。作品を原典で読むことで英語のリーディングスキルを高めるとともに、作品の背景として書き込まれた19世紀イギリス社会についても理解することを目標としている。

参加型授業で学生の感性を刺激し、着眼点と考察力を育む。

学生の答えを深掘りし、より深い読みへ導く

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 「それでは、pre-class questionsに入ります」教室に、先生の穏やかな声が響く。学生たちは課題(pre-class questionsの設問)が記載された、前回配布されたプリントに目を落とす。
 これまでの授業で当たっていなかった人を中心に当てていきます、と先生は言い、「Question1の、『失楽園』の登場人物の中で怪物が共感できた人は誰ですか?」と問いかけて1人の学生を指名した。周囲が見守る中、当てられた学生は「サタンです」と答える。
 この授業で取り上げている小説Frankenstein『フランケンシュタイン』では、大学生のヴィクター・フランケンシュタインによってつくられた怪物が読む本として『失楽園』が登場する。先生はその中で怪物が共感した登場人物について出題したのだ。
 学生の答えを受けて先生は「正解です」と言い、「ほかに、共感できたとまではいかなくてもアダムも気になった、という記述も作品には出てきましたね。けれど、アダムに対しては“共感”というところまで行っていないかもしれません」と解説を加える。

 この日の授業では、こうしたやり取りがQuestion5まで交わされた。途中、こんな様子も見られた。
「ある日、怪物が決意したこととは?」という質問に対し、当てられた学生は「顔を合わせること」と答えた。すると先生は「誰と顔を合わせるの?」と質問を重ねた。学生は「う~ん」と考え、「老人」と再度答えた。そうですね、と先生はうなずき、「これは怪物の隣の家に住んでいる人のことを指しているので、“隣人”という答えでもいいかもしれません。ド・ラセー家の人のことです。ですが、ド・ラセー家の老人が1人でいる時に怪物が決意するので、もちろん“老人”という答えでも正解です。つまり怪物は、隣に住んでいる老人と顔を合わせることを決意したわけですね」と解説を加えた。答えた学生は、納得した様子でノートに書き込みをしていた。

 19世紀イギリスの文学作品を通じて、現代日本とはまったく異なる時代や国の価値観に触れ両者の違いを知るとともに、何らかの根拠に基づいて考察する姿勢を学生に身につけてもらうことが、授業における土屋先生の狙いである。授業中、学生に問いかけて質問への答えとなる作品への考察を発言してもらい、考察が十分に煮詰められていない場合は考えるための切り口を学生に示して、より深い考察へと導く。けれど、先生の口調はあくまで穏やかで、指名された学生も焦ることなく、自分のペースでじっくり考えて答えることができる。柔らかな雰囲気の中で、学生たちは先生のサポートを受けながら考察力を身につける学びの時間を過ごしていた。

問いかけて答えてもらう「学生参加型」の授業

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 イギリス文学を専門とする土屋先生が、2017年度の授業で精読の対象として選んだのが、前述の通り『フランケンシュタイン』である。19世紀の女性小説家メアリー・シェリーが1818年に発表した、ゴシック小説を代表する作品だ。作中に登場する人造人間(怪物)がフランケンシュタインという名だと誤解されることも多いが、それは怪物をつくった大学生の名(ヴィクター・フランケンシュタイン)であり、怪物自身はつくられてすぐ、あまりに醜いためにヴィクターに捨てられたため、名前がない。
 ヴィクターと怪物、この2人の関係性についてこれまでさまざまな解釈がなされてきた。いわく「親子関係の象徴(しかも、意に染まない子どもは捨てられる)」「神と人間との関係性を表わしている」といった解釈から、「怪物はフランス革命を起こした労働者階級の象徴」というものまで。作中の何に着目しそこに何を読み取るかでいろいろな解釈ができる、学生が自由に自分なりの考えを膨らませられることから、この作品を授業で取り上げることにした、と先生は語る。
 また、この作品を理解するためには、背景となる19世紀イギリス社会についての知識が求められるほか、前述のように作中に登場する他の文学作品についても知り、『フランケンシュタイン』という作品とどのようにつながっているのかを考えることもできる。『フランケンシュタイン』は、作品を読み込み考察する際の切り口を見出す着眼点と、幅広い知識を育むきっかけとなり得る小説なのだ。

 学生がよりスムーズに自身の力を伸ばせるよう、授業のスタイルにも先生ならではの工夫が盛り込まれている。基本的な進め方はこうだ。
 授業の始めに先生はプリントを配布する。ここには、前回授業で学生に提出してもらったリアクションペーパーから選び出したコメントと、次回授業で学生に答えてもらう課題であるpre-class questionsの設問などが記載されている。そして先生は、プリントで紹介した学生のコメントを素材に、取り上げた作品の箇所についてどのようなところに目を留めて考察すれば読みが深まるかの解説を行う。
 次が、記事の冒頭で紹介したようなpre-class questionsの時間。学生を指名して答えてもらうが、「前回当てた時に答えられなかった人が中心」「けれどそれ以外の人も当てられる可能性がある」といった風に、当て方は比較的ランダム。学生側は「一度当たったからもう当たらない」「前回、正解したからもう当てられることはない」と気を抜かず、しっかり授業内容を聞いて課題に取り組む姿勢を持ち続けることになる。
 その後、学生の発表。事前に指名された学生が数人でグループになり、課題となった箇所を朗読・翻訳して、作品に関連する項目(作中に登場する文学作品や社会的な出来事など)について調べた内容をプリントにまとめ、プレゼンテーションする。
 そして精読の時間。各回で取り上げる箇所を何人かの学生が順に朗読した後、先生が精読のポイントを解説していく。途中、学生に質問を投げかけ、意見を述べてもらう。
 授業の最後に学生同士がディスカッションする時間を設け、そこで煮詰めた答えをリアクションペーパーに記入して提出してもらう。回答の中で優れたものは、次回配布されるプリントに掲載される。
 このように、先生の授業は一方的な講義型ではなく、要所要所に学生とのやり取りが交わされる参加型である。学生は突然指名されることもあるが、素早く答えられなくてもとがめられることはない。答えがわからない時も、ヒントを投げかけながら自分なりの回答が見つかるよう先生がリードしてくれる。皆、リラックスして楽しみながら授業を受けている様子が伝わってくる。

先生の言葉から、作品の新たな表情に気づく

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 再び授業の様子に戻ろう。作品の精読の時間である。取り上げるのは、怪物がヴィクターの日記を発見した章だ。
 学生に朗読してもらった後、先生はその箇所を訳した。「自分(怪物)の姿はヴィクターを始めとする人間の中でも醜いタイプのもので、人間に似ているからこそより恐ろしい。」では、人間に似ているからこそより恐ろしいと怪物が感じているのはなぜでしょうか?と学生に問いかける。「人間は怪物をつくるだけつくって捨てた。気に入らないと捨ててしまう人間は責任感がないから」と指名された学生が答える。「責任感がない人間に似ていることを不本意だと思っている、そう考えられますね。このテーマについては、別の人にも考察を聞かせてほしいですね」と先生は次の学生を当てた。「怪物の中に、怒りや善意といった感情が生まれてしまった。人間味が生まれてしまったから恐ろしいのでは?」と学生。いいことを言ってくれた気がします、と先生は言い、「もう少し踏み込んで」と促した。学生は考えながら答える。「怪物は、最初は文字も読めないし、自分を取り巻く世界についてもよくわからなかったが、隣人の様子を見たりしているうちに文字を覚え、人間らしい生き方にも触れて、自分がどんな存在なのかがわかってきた。初めはヴィクターに復讐したい感情もあったが、だんだん気持ちが変わってきて、人間に近い存在になりたいと考えるようになったのではないでしょうか」

 「鋭い指摘ですね!」と先生はほめて続けた。「怪物は人間に対して相反する感情を抱くようになっている、この一節はそうしたことの表れだと考えられます。怪物の複雑な感情が、こういった表現の裏にあるのですね」そしてこの箇所の総括として、「怪物は人間の悪い面を知ってしまったのでそんな人間に似ていることへの嫌悪感があり、その一方で人間になりたい思いもある。また、先ほど指摘があったように、感情を持ってつらいとかうれしいといった気持ちを知ってしまったことがより状況を悪くしてしまった面がある。“人間に似ているからこそより恐ろしい”という言葉の背景には、怪物が抱いている矛盾や嫌悪感、複雑な感情が渦巻いていることが読み取れます」
 学生たちは熱心に聞き入っていた。先生からこうして細やかな解説がなされると、自分一人ではすっと読み流してしまいそうな文章の奥に潜んでいる、いろいろなものが浮かび上がってくる。さまざまな解釈がなされてきたというこの作品の、多彩な表情に気づかされるのだ。

 授業は最後のディスカッションの時間に。先生が出した議題は「ド・ラセー家の老人は、この章または作品全体においてどのような役割を担っているか?」「この章に登場した3冊の本(『失楽園』『若きウェルテルの悩み』『プルターク英雄伝』)の役割は?」の2つ。学生は近くの席同士で2、3人の組になり、ディスカッションを始めた。先生の解説から刺激を受けて、そこかしこで活発に意見を交わす様子が見られた。

共感できないものも理解しようとする姿勢が器を広げる

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 先生は前期の「イギリス文学・文化講義c」も担当している。この授業のテーマは、「近代イギリス文学・文化演習d」とは少し毛色の異なるもので「物語絵画」。2016年度のベストティーチング賞を受賞した講義だ。
 物語絵画とは、描かれている人物や状況についてのドラマが細部から読み取れるような絵のこと。19世紀末に映画が登場するまで、こうした「細部にもドラマ性を持たせた絵画」が視覚面での娯楽を人々に提供しており、作品を発表するたびに展示場所に多くの人が詰めかけるような人気画家も存在した。
 現在では芸術的な価値はそれほどないものの、多くの作品が残っている。先生はその中でも、ヴィクトリア時代(ヴィクトリア女王が統治を行った1837~1901年。中でも先生が中心的に取り上げているのは、経済が順調な一方、貧富の格差が生じたともされる1860~70年代の盛期ヴィクトリア時代)のイギリス社会における女性の立場や生き方を表現しているもの、または当時の社会と関わりの大きなテーマを描いたものを選び、授業で取り上げている。

 授業の基本的な流れは「近代イギリス文学・文化演習d」と同様で、学生に問いかけ考察を引き出しながら進める学生参加型としている。「家庭の天使(当時のイギリスで理想とされた、従順で自分を犠牲にしてでも人に尽くす女性)」や「ガヴァネス(特定の家庭に雇われ、その家庭内で子どもの教育に当たる女性)」など、各回で紹介する絵画に描かれたモチーフについて解説し、具体的な絵画作品を提示して、そこに描かれている物語を学生とともに読み解いていく。
 当時のイギリス社会や女性の立場などについて理解を深めることはもちろん、「絵画の見方」を知ってもらえれば、と先生はこの授業の狙いを語る。「絵画の鑑賞法を学ぶ機会がなかなかないこともあって、“この絵が好きか嫌いか”という印象を抱くだけになっている人も多いと思います。けれど、細部に描かれたものや色づかいなどに目を留めて、画家がそこにどのような物語を込めているのかを読み取る意識を持てば、好き嫌いといった感情を一旦置いて、作品を味わうことができるでしょう。この授業でも、考察を深めるための着眼点を磨いてもらいたい、と考えています」実際にこの授業で学んだ学生からは「絵からいろいろなことを読み取れるようになった」「美術館に行くのが楽しくなった」といった声が寄せられるそうだ。

 『フランケンシュタイン』を始めとする19世紀イギリスの文学や、物語が込められた絵画に触れて、せっかく英文学科で学ぶのだから、「当時のイギリスも今の日本も似通っている」と安易に結論づけるのではなく、ふとした疑問や違和感を大切に、もう一歩踏みいって、今の感覚ではわからないものをどう自分なりにかみ砕くか考える姿勢を身につけてほしい、と先生は言う。「今の自分が共感できないものを排除するのではなく、もう少しがんばって理解してみようとする。その意識が視野を広げ、多様な価値観を受けとめる器の大きさにつながるのではないかと思います」

「近代イギリス文学・文化演習d」受講生の声

画像イメージ(右から)金子梨紗さん、佐藤萌樹さん、高橋彩美さん

 穏やかな人柄と、時折見せるキュートな表情で学生からの人気が高い土屋先生。学生にこの授業の好きな点を訊ねると、「発表の機会があったり授業中に当てられて答えるなど、自分も参加している手ごたえがある。先生とやり取りすることで、どんどん理解が深まっている実感が得られる」「 “考察する”ってどうすればいいのかがだんだんわかってくる。登場人物の気持ちに思いをはせたりなど、文学作品を前より楽しんで読めるようになった」という声があがった。
 「当てられるのは嫌じゃありませんか?」と聞くと、「自分の答えがまとめ切れていない時でも、先生はこちらの話を聞きながら、上手により深い答えを引き出してくれる。困っているとヒントを出して答えに導いてくれるので、指名されてもそんなに嫌ではないです」と学生。周りの学生も答えを出すまで見守ってくれるので、あまり緊張することはないそうだ。
 先生の授業を受けて、自分にどのような変化や成長が生じたと感じるか質問した。「考察を深めるためにはどんなポイントに目を留めたらいいか、着眼点を習得できたと思う」「課題が出される時のポイントが明確なので、原典と日本語訳との読み比べがしやすい。授業回数を重ねた今は以前よりもボキャブラリーが豊富になって、あまり日本語訳に頼らなくても作品の文脈が読み取れるようになった」と、考察力やリーディングスキル面での成長を感じている学生が多いようだった。「先生は一方的に答えを提示するのではなく、ファシリテーター(進行役)として学生をサポートしながら考えを引き出す授業スタイルを採っている。自分は教職課程を選択しているので、教育実習の時に先生の手法を参考にしたい」という声も寄せられた。
 

土屋結城(つちやゆうき)准教授のプロフィール

津田塾大学学芸学部英文学科卒、津田塾大学大学院文学研究科英文学専攻修士課程修了後、後期博士課程満期退学。2007年実践女子大学に着任。2013年より現職。
研究テーマは19世紀イギリス小説で、特にトマス・ハーディの作品を中心に研究。近年はトマス・ハーディの作品に描かれる戦争について研究を進め、その成果を、平成24年度実践英文学会のシンポジウム『カタストロフィとその後』で「Home and Away—南アフリカ戦争とイギリスの作家たち」と題して発表した。その後、その内容をまとめた論文「南アフリカ戦争とイギリスの作家たち」を『実践英文学』に寄稿。