実践女子大学図書館常磐松文庫所蔵資料紹介
赤本の世界
|
![]() |
資料紹介:実践女子大学文学部教授 佐藤 悟
実践女子大学図書館が新たに購入した草双紙三点についてその概要を紹介します。そのうちの一点は新たに出現したもので、学会にもその存在が知られていなかったもの、また一点は今までは不完全な本しか知られていなかったものです。
草双紙・赤本とは
草双紙は江戸時代の江戸で、子供や女性のための本という建前で出版された、挿絵を主として、それを本文が助けるという様式の小冊子です。子供や女性のためというのはあくまでも建前で、大人にも鑑賞されていました。時代によって赤本・黒本青本・黄表紙・合巻という時代区分が行われています。草双紙の体裁は五丁を一冊の単位とします。一丁というのはB5ほどの紙に印刷されたものを二つ折にしたものです。それに表紙をつけて糸で綴じてあります。そのようにはかない本でしたから、古いものほど今日現存するものは少ないのです。表紙には題簽と呼ばれるタイトルを記した紙が一枚ないしは二枚貼られていました。赤本は享保期(1716−36)を中心に流行し、表紙が赤かったことからその名があります。赤という色は子供の健康とも関わりの深い色とこの当時は考えられていました。黒本青本も表紙の色による名称で、赤本の後、安永三年(1774)までに出版されたものを指します。青本といってもその表紙は黄色に近い色です。黄表紙は安永四年に刊行された恋川春町作『金々先生栄花夢』以降の草双紙を指します。合巻とは数冊合冊にし、摺付表紙と呼ばれる錦絵同様の美麗な表紙をつけた本をいいます。その年代は文化四年(1807)以降とされてきましたが、合巻という言葉が文化元年(1804)には定着していたことや、内容の変化から文化元年以降の草双紙を合巻とすべきだと考えています。
この分野の研究はあまり進んでいないので、皆さん挑戦して見ませんか。そのためにも図書館が今回入手した本は大きな意味を持つものなのです。
この本は従来大東急記念文庫所蔵の本が知られているだけでした。『江戸の絵本V』 (国書刊行会、1988年)に紹介されています。残念なことに第一丁表が破損していました。実践本は題簽こそ欠くものの、本文はほぼ完全な状態で残っています。一丁表には西川重長という画工の名前が記され、この本の挿絵を描いた画工を特定することができました。成立時期は享保二十年(1735)十一月に二代目の市川団十郎が海老蔵になったことと関わる記事があることから、それ以降の成立と考えられています。
また赤本は一冊あるいは二冊から構成されていますが、本書のみ三冊からなるという特殊なものです。内容は七福神の恵比寿と弁財天の出会いから結婚・出産・子供の宮参りまでの習俗を描いたものです。嫁入りを題材としたものには『鼠のよめ入り』『狐の嫁いり』『鶴の嫁入』『化物よめ入り』などがありますが、この作品は長いだけに「五百八十の餅」など他の作品には見られない習俗が描かれ、婚姻史などを考える上でも有益な作品です。
○舌きれ雀
今日「舌きり雀」とよばれる昔話を題材としたものです。挿絵を描いた画工は不明です。雀の宿を訪ねた弥五太夫とむすめのお梅を歓待して躍る雀の芸者の槍踊りは元文二年(1737)に初世瀬川菊之丞が中村座で演じた「一代奴一代男一代女」の所作事を取り入れたものとみられていますので、この本が成立したのはそれ以降と考えられています。
実践本は第一丁表にみられる鱗形屋の商標が削られた後摺本です。初摺本は東洋文庫に所蔵され、『近世子どもの絵本集 江戸篇』(岩波書店、1985年)に紹介されています。
○舌きり雀
丸の中に山という字の本屋の商標が一丁表にありますので、山本という本屋さんから出版されたことが知られます。画工は四丁表に山本重春という名前が見えます。この本は今までに全く知られていなかった作品でした。
この本は前に紹介した鱗形屋から出版された『舌きれ雀』とほぼ同じ内容です。一番大きい違いは雀の芸者の踊りが槍踊りではなく道成寺だということです。江戸の道成寺は延享元年(1744)七月市村座で初世瀬川菊之丞が「百千鳥娘道成寺」を踊ったのが最初とされていますから、それ以降の出版と思われます。どちらの『舌きれ雀』も流行に敏感だったのです。