第16号(1996.7) 目次に戻る
昨95年5月より刊行を開始した『新校本宮澤賢治全集』も、この3月で第11回の配本を済ませた。 91年の秋より編集会議を重ねて来てから5年目、およそ20年前の『校本宮澤賢治全集』の上に立っての仕事とはいえ、草稿を改めて全面的に見直しての再編集だから、毎月刊行というのは大変なハードスケジュールである。5月配本分から隔月のペースとし、12月までには賢治の書き記したものすべてを終え、年譜・資料編と索引は来年の早いうちの刊行を目指している。
宮沢賢治の誕生は明治29年(1896)8月、今年がちょうど満100年。そのためか、各種の催しも盛んだし、関連図書も多数刊行されているが、今後はこの『新校宮澤賢治全集』が旧『校本宮澤賢治全集』に代わって賢治作品の根本的なよりどころとなるわけだから、浮ついた騒ぎに惑わされずにと、心して編集の仕事に打ち込んでいる。幸い、今年度は国内研修の機会を与えられた。研修テーマは、そのまま詩人宮沢賢治を含んでいるので、この研修のほとんどを賢治に関わる周辺・同時代資料の調査などに費やしていると言ってもいい位である。
最近ではかなり知られるようになって来たが、賢治の作品は大部分が手書きの草稿のまま残された。しかも、いったんきれいに記したのち、余白を用いて手入れを加え、筆記具を変えて上書きしたり、といったおびただしい書き込みがなされている。もちろん、どんな作家・詩人でも作品を作り上げるまでにはいくたびもの推敲を経るもので、賢治にもそれと同様の側面がないわけではないが、個々の草稿の上に残された書き込みの密度、注ぎ込まれたエネルギーの量たるや、尋常一様のものではない。しかも、逐次的にたどることのできる草稿の推移の中には、前の形から比べて一気に作品が質を高める姿を手に取れるように示しているものもある。まるで違った別作品が分化してくる現場に立ち会っているような思いにさせられる例もある。テーマや作品世界の相の差を自覚的に変えることを試みたのではないかと思われる組み替えもある。
この最後の例は、詩では「花鳥図譜・七月・」系列の作品などに見られるが、童話の場合ならもっと明瞭だ。最近、天沢退二郎さんは「ヴァージョン」という言葉を用いて説明しようとされているが、これを借りれば、例えば「グスコープドリの伝記」に包摂される一群の作品の場合、「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」は、ナンセンスストーリー系の化け物世界ヴァージョンで、「グスコンブドリの伝記」は、捨身奉仕の英雄志望物語ヴァージョン、「グスコーブドリの伝記」は共同体の中で時々の技術や科学の限界を生ききった無名の技術者の伝記ヴァージョンといったことになるだろう。
ネネムの伝記にあるナンセンス(実際、私は道を教えるのに足を揃えてぴったり「六ノット六チェーン」と言ったり、「及」や「落」に加える「同情及」とか大好きなのだが)は紛れもなく賢治のものだし、一方その一部には、「フクジロ」をめぐる罪の意識の反映・生理的なといっていいような気味悪さの表現も含まれていて、グスコンやグスコーでは捨てられたこれらが両者の背後を裏打ちしているようにも思われる。
晩年の心境の深まりを生むきっかけの一つになった最初の長い病床で、まるで和讃のような「まどろみ過ぐる百年は/醒めての時といづかたぞ」 「いまわれやみてわがいのち/いつともしらぬ今日なれば」とも書いた賢治だが、決してそのままこの観照的態度に終わったわけではない。こののちも彼は、さまざまな表現の若々しい《試み》を続けていて、読む者を魅了して離さないのである。