第17号(1996.12) 目次に戻る
学生に薦める本 生活科学部教授 佐藤綾子
結果的にはプラスに転じたことだけれど、私は小さいころから大変な病弱だった。でも、そのお陰で本好きに育った。今も速読の名人だ。そんな日頃の読書の中から、今日はとっておきの1冊をご紹介したい。
「EQーこころの知能指数」ダニエル・ゴールマン著(土屋京子訳 原題Emotional Intellingence)講談社。
この「EQ」については昨年のタイム誌の10月7日号に長い特集記事が出た。社会で成功するためにはIQでなくEQだ、というのである。「本当に人間関係における成功や失敗を決定していくものは、知識がどれぐらいあるかではなく私たちが持っている、熱意、忍耐、意欲などを含めたさまざまな、いってみればこころの知能指数と呼ぶべき感情の能力なのだ」という記事である。筆者は、その面白い例としてマシュマロテストというスタンフォード大学で4歳児を対象に1960年代に行われた実験を紹介していた。4歳児が実験室に集められ、これから実験者はお使いにいくからマシュマロを食べるのを15分から20分我慢して待つように要求される。そこで待つことができた子どもたちが青年となった時点で、より高い社会性を身につけて対人能力に優れ、自己主張ができ人生の難局に適切に対処できる力が身についていたというものである。人の気持ちを察することができる、思いやりがあるという力の方が、どんな知識をどれくらい暗記しているかということよりも人間関係においては大切だという記事であった。これを読んで、ぜひこの本を翻訳して日本で出版したいと思い、すぐにM出版社に連絡をとり翻訳権と版権をとろうとしたのだが、残念ながらその時点ですでにこの版権は講談社インターナショナルにとられていた。
この本の出だしは、愉快なことにアリストテレスの「ニコマコス倫理学」(高田三郎訳 岩波文庫)の中にある「しかるべきことがらについて、しかるべき人々に対して、さらにまたしかるべき仕方に対して、しかるべき時に、しかるべき間だけ怒る人は賞賛される。」という文章から始まっている。ここには、私の専門のパフォーマンス学に共通する重要なポイントがある。自分が怒りたいとか腹が立つという感情がわき上がってきた時に、そのことについて冷静に知性で分析し、それにもっともふさわしいやり方で自分の感情を相手に伝えることができる人だけが賞賛される、というわけである。人間の情動のコントロールの仕方とその表現が重要であることを、この言葉が示している。
EQはもちろん大脳生理学のさまざまな実験例やカウンセリング例に基づいて書かれているが、作者が言いたかった最大のポイントは、私たち人間が情動を知性によってコントロールしていく仕組みを自分でつかんでおこう、という提案である。そしてその時に使われる力がEQだということである。
私たちはみなもちろん、幸福のために生きているのだけれど、その時に自分の情動を情動のままに人にぶつけたりしないで、いかに知性あるいは精神性によってそれをコントロールし、人への思いやりを持ちながらよい人間関係を築いていくかによって、幸福に至る道すじと可能性はずいぶん違ってくるはずだ。この本の中から人間の尊厳への崇拝心、人間性の面白さ、素晴らしさに気づくことは愉快なことだし、元気もでる。
ところで、この本についての私の論評を理解し、人生をさらに意味深いものにするために次の2冊をつけ加えておきたい
1.「人間の運命」ルコント・デュ・ヌイ著
(1994年 渡部昇一訳 原題Human Destiny)
三笠書房
2.「幸福の心理学」マイケル・アーガイル著
(1987年 石田梅男訳 原題The Psychology of Happiness)
誠信書房