第18号(1997.7)       目次に戻る


 下田資料のデータベース化

短期大学国文学科教授 板 垣 弘 子

 『下田歌子集』(8巻+別冊1巻、日本図書センター刊)の編集依頼を受けて数年が経つ。『香雪叢書』(昭7〜9)以外歌子の全体像を知ることが困難な現在、また実践女子学園の百周年を前に恰好な企画と思い取り組み始めたが、その発行は大巾に遅れている。その理由は一にも二にも編集者である私の怠惰に責任があるのだが、少々言い訳をすれば歌子女史の活躍の幅広さが遅延の理由のひとつにもなっている。

 実は以前から始めていた歌子の作品の発掘を、これを機に全面的に進めることにしたのだが、雑誌を繰るごとに次々に出てくる新資料の多さと整理に、予想外の時間をとられている。その調査結果は、量の多さからとりあえず著作題目のみ『實践國文學』『歌子』などに紹介、また今年度は学園の助成も受けられることになり徐々に形になりつつあるが、未だ一向に終わりは見えない。これら新資料のうち『日本の女性』に関するものなど何点かは、前述の『下田歌子集』に収録するつもりでいる。

 歌子の資料を発掘していく上で最重要と考えられる雑誌に『愛国婦人』と『日本婦人』がある。『愛国婦人』は国会図書館で全冊調査を終えたが(『歌子』5号で紹介)、『日本婦人』の所在は分散または不明が多い。東大法学部の明治新聞雑誌文庫、お茶の水女子大附属図書館、日本近代文学館などで 程度の所在は確認できたが、残りが不明である。幸い図書館の協力によりコンピューター検索で鶴見大に1冊、茨城大に2冊の所在が判明した。またお茶の水女子大附属図書館所蔵の『日本婦人』は破損防止からコピーが許されず、久々に学生時代に戻って書き写しを余儀なくされたが、これも図書館がマイクロ化してくださり大いに作業がはかどった。

 これら資料の整理を、私は未だに旧式のカード方式に頼っている。雑誌別に歌子の著作をカードに採り、それを必要に応じて執筆年代順、ジャンル別などに並べかえたり抜き出したりしている。機械に強い周囲の先生方からは入力してしまえばどんな形も即座に出来る、とのアドバイスは頂くものの、私にとってはその“入力”が一大事なのである。ただ前述のマイクロ化の効用など機械化のメリットを考えると、このあたりで古い頭を切り換えて資料のデータベース化に取り組み、歌子の資料整理にスピードをあげねば、と思うようになりつつある。

 ところで、これらの仕事で楽しいのは、“寄り道”である。とくに『日本婦人』は帝国婦人協会の機関誌であり実践女子学園に直接関係することから、思わぬ出合いをすることもある。たとえば校章の桜は同協会の記章からアレンジしたものであろうこと<図1>、また校歌の詞が最初は現在のものとは違っていたこと<図2>など、歌子の著作とは直接関係ないところでついつい時間を過ごしたりもしている。また創立十周年に祝歌を寄せた<図2>歌子に、改めて彼女の実践への愛情をかいま見たりもするのである。

  

 その結果、作業は直接の資料にとどまらず参考資料まで拾うことに広がった。現在の私の心境は頂上の見えない山に挑んでいる思いであるが、少しでも早く頂上に近づくためにも、やはりデータベース化は必要のようである。

 なお『日本婦人』未確認号数は次のとおり。ご存知の方がいらしたらご教示いただきたいと思います。

 27号 (明 35.1)
 50号 (明 36.12)
 54号 (明 37.3)
      
 70号 (明 38.8)
 72号 (明 38.10)
      
 83号 (明 39.9)

 第8年 3号(明 39.12)
 第9年 1号(明 40.1)
 第9年 4号(明 40.4)
      
   〃  6号(明 40.6)
   〃  8号(明 40.8)
   〃  9号(明 40.9)

 第11年 1号(明 42.1)
   〃   7号(明 42.7)
   〃  11号(明 42.11)