第19号(1997.12)      目次に戻る


対談:「現職を離れるにあたって」 
  三隅館長VS茂木部長

司会 来年の3月いっぱいで館長は任期終了、部長は役職定年ということでお二人そろって現職を離れられるわけですが、まず就任時、就職時から現在までのお気持ちや印象、思い出をお伺いしたいと思います。

 宮沢文雄先生の後を継いで館長に就任しました。就任時の図書館の印象は素晴らしい伝統と歴史、黒川文庫や山岸文庫に代表される古典籍が豊富なこともあり、名誉なことと思うと同時に、図書館が今後どう展開していくかに対しての責任を痛感いたしました。私は、新入生へのオリエンテーションでよく言うのですが、「図書館を最大限に活用した人にとってはその図書館は日本一の図書館になる。学問への情熱に応えるだけのものがこの図書館にはある」と。知識というものは学生自身が求めていくことが大切です。

 私は終戦、まもない頃に学園に就職しました。全ての図書が戦争で焼けてしまったため、まさしくゼロからの出発でした。卒業生などから図書を寄贈してもらい、当時蔵書は一万冊もありませんでした。目録カードも他の大学図書館の使い古しで、そのカードの裏に目録を書いた覚えがあります。また、冬は書庫で木枠の火鉢に炭火を起こして暖をとったこともあります。

 私が就任したときは既に蔵書は40万冊を超えていましたが、何故、ゼロからそこまで蔵書がなったのでしょうか。

 当時の館長が収書に熱心であったのと同時に、歴代の学長も図書館に非常に理解を示してくれたこともあります。高額でも、必要な古典籍資料が目録に掲載されると、理事長に直接掛け合ったこともありました。そんなこともあり、他大学からは良い資料を購入していると評判にもなりました。

          ◯


三隅治雄
  実践女子大学図書館長
  文学部教授。館長には平成4年就任

          ◯

司会 現在進行中の図書館の機械化についてはいかがですか。機械化は他大学に比べると少々遅れていますが。

 私が就任した当時は、計画は出すが、実行できるかどうか分からない。かなりの足踏み状態であったと記憶しています。

 私が事務長になった(編集部注:平成6年)頃から道が何とか開けてきました。館員たちはそれまで力をためて、我慢していた状態でした。どこから機械化をスタートさせ、お金が出ないなら、出ないなりに工夫して、どのようにやるか、また、できるところからやっていこうと考えました。そして、館員が情熱をもって当たってくれました。

 部長のリーダーシップと館員の情熱がからみあった結果ですね。

 いえ、館長が後ろにいて下さるという安心感は大きかった。にこにこ笑って総務との交渉に当たる館長の姿は特に印象に残っています。

          ◯


茂木コウ
 実践女子大学図書館事務部部長
 昭和24年就職。図書館の主
(あるじ)

          ◯

司会 今後の図書館に何を期待し、どうなっていってほしいと考えていますか。

 図書館は、多くの図書を集め、できるだけ多くの人に伝え、そして恩恵を与えてほしい。大学内だけでなく、学外の一般の方にも。情報の流通が、大学内から、市民へ、そして世界に広がっていくようになってほしいと思います。図書館だけの世界にとどまってほしくはありません。情報発信基地になり、あらゆる所に情報を発信してもらいたい。また、よく言われるように、情報センターの中核になるといい。

司会 以前は本や情報を収集するのが苦労でしたが、現在はある程度自然と集まってくる。今後は集まってきた情報をいかに提供するかが問題となると思いますが。部長はどうお考えですか。

 機械を操作することも大切だが、本に対する知識も必要。図書館の基本はやはり本です。本の収書に対しての知識を身につけ、エキスパートになってほしい。本に対する知識を吸収して、そして機械によって広めてほしい。根本は人対人の問題です。

司会 最後に一言ずつお願いします。

 私はいいときに館長になったと思います。変革から発展の時代。今後は楽しみでもあり、怖い感じもする。図書館に対する愛情をもって仕事をやってほしいと思います。

 私が就職した当時と現在の状態は大きく違います。ゼロからの出発で、常に前進している時代を生きた自分は幸せです。これからの人は大変だと思います。常に前向きな気持ちで日々を過ごしてほしいと思います。

司会 本日はどうもありがとうございました。

 

<司会:八幡隆文(図書館事務部課長)>


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