第22号(1999.7) 目次に戻る
茂 木 コ ウ
60周年、70周年、80周年と記念展は百貨店を会場とし、60周年を除いて下田歌子展であった。
100周年記念展は新校舎を会場とすることに決定したので、視点を変えて百貨店ではできなかった学園100年の歴史を主とした展示を行うことにした。もちろん下田歌子なくしては実践はあり得ないので下田歌子の部は華やかな展示を心がけた。女子教育者というだけでなく、女としての情熱がほとばしる猛雄への恋文を翻刻付で展示した。何といっても人気があったのは、図書館員製作の下田歌子電子図書館である。ディスプレイの前の椅子には常に誰かが座っている状態であった。

学園100年のあゆみの部は草創期から現在にいたるまでの資料の展示で、文献が多く目を楽しませる物が少なく見てくれないのではないかと心配だった。しかし、清国留学生部では中国革命の闘志秋瑾女史についての質問があり、幼稚園では自分の在校時代にあったはずなのにどこにあったか知らなかった等、それぞれの時代に自分の思い出を重ねて興味深く見入っていた。卒業証書にもその時代が色濃く反映されていると感じいっている様子であった。制服の変遷では初期の制服を除いて、高等学校から拝借した物で現在着用の制服以外は、被服科の先生のご指導により生徒が仕立てた複製品である。初期の制服は生徒の服装の華美に流れることを避けるため、創立期より着用したもので上下一続き、木綿地に細かい矢絣の上っ張りである。当時は歓迎されなかったようであるが現代の若い人が着てみたいという程のしゃれた物である。大正12年から着用された制服は夏・冬ともワンピースで、これは知らない人が多かった。ご年配の卒業生で私これを着たけれどもう少し重みがあったとおっしゃったが、それは生地のせいであろうと思われる。当時の夏服は水色銀ガムであったが、複製は水色綿ブロードで作られている。昭和6年より着用の制服はツーピース型、昭和14年から現在のセーラースタイルになっていった過程が、実物・複製によってみることができたと大変よろこばれた。今回の展示会で感じたことは、過去の資料、創立期明治32年から昭和初期の資料は先輩たちの努力によって収集、整理されているが現代の資料が少ないということであった。下田資料は古書店等からの購入、または有志の方々からのご寄贈により増加しているのだが、学園資料は新しい物が収集されていない。今迄は下田資料も学園資料も渾然としていてすべて図書館で収集整理していたが、100年を機として学園資料室を設置し、一環した収集・整理・保存を行うべきであろう。さもないと資料は散逸してしまう恐れがあり、後世に悔を残す結果ともなろう。

実践女子学園100周年に当り、記念事業の一環として「下田歌子と実践女子学園100年のあゆみ」を開催することができたことを喜び、ご協力下さった多くの方々に感謝する次第である。