第22号(1999.7) 目次に戻る
大学国文学科 教授 湯 浅 茂 雄
本学所蔵の@『改正増補 英和対訳袖珍辞書』(慶応3)は、文久2年初版本の再版本である。洋装半裁本と袋綴本とがあるが所蔵本は後者である。文久2年初版本(堀達之助ら編『英和対訳袖珍辞書』)は近代英和辞書の魁であり、これをもとに明治期に多くの英和辞書(いわゆる袖珍辞書系)が成立した。再版には現在でも複製出版はなく(初版は秀山社の複製がある)、本書を所蔵することの意味は小さくない。また袖珍辞書系で本学の所蔵にかかるものにA日本薩摩学生前田正毅・高橋良昭『改正増補 和訳英辞書』(明治2、俗に「薩摩辞書」)、Aをさらに増補したB『大正増補 和訳英辞林』(明治4)、C開拓使学校長荒井郁之助『英和対訳辞書』(明治5、俗に「開拓使辞書」)、D岸田吟香『和訳英語聯珠』(明治6)、E佐々木庸徳『明治大成 英和対訳字彙』(明治18)、F『大成増補 和訳英辞林』(明治19、同盟社)などがある。
右から本文中紹介資料IAH
Aは『袖珍辞書』をもとに、英語の見出しにカタカナで発音をつけ、訳語の漢字にルビを振ったことが世に迎えられ、上海で印刷した2000部はすぐに底をついた。そのため増刷を図ったのがBである。単なる増刷ではなく、見出し語や訳語を改訂し、発音にはカタカナのかわりにウェブスター式発音記号を新しく採用する。CはBを木版刷にし、付録を増補したもので、開拓使の全生徒に貸与を図ったもの、Dは『袖珍辞書』やA、またロプシャイドの『英華字典』を参考にしたもの、Eは@をもとにし、FはAの翻刻本(現代でいえば海賊版)である。これらからも@やAの影響が明治中期にも及ぶことが知られるのである。
またG柴田昌吉・子安峻『附音挿図 英和字彙』(明治6、初版、所蔵本は原装)も時代を画した辞書であり貴重である。本書の影響下に成立した辞書も多いなかでH井波他次郎『新撰英和辞典』(明治18、雲根堂)は、地方出版(金沢)のためか、これまでほとんど言及がない。確かに『英和字彙』系であるが、独自の内容を含み興味深い。たとえば「Library」の訳語に「書庫。書籍館。図書館」とあり、当時比較的新しい用語である「図書館」がすでにみえる。ちなみに明治20年刊『附音挿図 英和字彙』第3版にも訳語「図書館」は見出せない。
資料Hの「Library」
和英辞書では、ヘボンの『和英語林集成』に関して、以下の版をまとめて所蔵することは貴重である。I『和英語林集成』(慶応3年、初版)、J『和英語林集成』(明治5年、再版)、K『改正増補
英和和英語林集成」(明治19年、第3版)L『JAPANESE−ENGLISH
AND ENGLISH−JAPANESE
DICTIONARY』(1873、ニューヨーク版)である。M『和英語林集成』(明治20、日盛館)も所属するが、これはヘボンの初版の翻刻本(海賊版)である。このような翻刻本も辞書の流布を考える際には貴重な資料である。
以上は本学の所蔵する幕末・明治期の洋学資料中、英和・和英辞書類約50点の一部の紹介である。これらは英語側からは日本英語学史の資料となるが、同時に日本語側からは日本語の登録簿として、国語史とりわけ語彙史の第一級の資料となるものである。また、文化史の資料としても有効であろう。蔵書の活用が期待されるのである。