第23号(1999.12) 目次に戻る
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大学教職課程 教授 米 澤 正 雄
吉武輝子『ブルースの女王 淡谷のり子』(文藝春秋社、1989年12月25日発行)について(大学図書館所蔵 767.8−A97Y)
吉武輝子『ブルースの女王 淡谷のり子』は、今年9月22日、92歳で亡くなった青森市出身の歌手、淡谷のり子(1907〜1999)に関する入魂の書である。
この本の特徴は、「わたしのことをわたしよりもよく知っている」と生前の淡谷のり子が言った、叔父淡谷悠蔵への徹底した取材[自伝『野の記録』(全7巻)、『淡谷悠蔵著作集』(23巻)の読破など]にもとづいて、淡谷のり子を形成した家庭環境、社会的背景を詳細に説明し、彼女の人となりの生成を克明に描き出していることにある(例、母みねの『青鞘』愛読と娘のり子の職業的自立に向けた子育て)。そしてこれに加えて、戦時下においてももんぺ姿で軍歌を歌わずに、一貫して、ドレス、ハイヒール、アイシャドウのスタイルでブルースやジャズを歌い続けた歌手淡谷のり子の足跡を、軍国歌謡曲を積極的に歌った藤山一郎(「わたしは音楽に関しては絶対に偏食をしなかった。しかし、淡谷さんは大変偏食をなさった」)と対比することによって、浮き堀りにしていることにある。
私が本書を読了したのは、1990年12月10日であり、読後感は「青森県のことをこれほど調べてくれるとは。ただ感謝あるのみ。」であった。淡谷悠蔵が戦前農民運動に従事して投獄されたことや戦後社会党から国会議員になったことは既に知っていた。しかし、淡谷悠蔵がもともとトルストイを愛読する文学青年であったこと。戦後の高度成長の初期に、所得倍増計画を提唱する首相池田勇人に対して、国会において「所得倍増の中には農民も入っているのか」と質問して絶句させたこと。これらのことは、本書を読むまで、青森県出身でありながら、恥ずかしいことに全く知らなかった。そして、生前私の母が淡谷悠蔵に言及する時は「先生」づけて呼んでいたことが思い出され、この質問に示される淡谷悠蔵の姿勢を指してのことか、と思いあたった。本書は、私にとって、自分が何者であるかを忘れそうになった時、読む本である。なぜならば、私の両親は淡谷のり子、悠蔵と同じ青森市出身であるので、本書を通して、私は、自分の存在の根への自覚を促されるからである。
もちろん、本書は読者それぞれの関心に応じて多様な読みが可能である。離婚した母子家庭に育った、天賦の才のある一個の女性の生き方として読んでみても、得るところが多いと思われる。歌手淡谷のり子の「美意識」(美輪明宏)、「芸人として自分を美しく見せること」への「こだわり」(永六輔)[ともに、朝日新聞夕刊、1999年9月27日、「淡谷のり子さんを悼む」]の由来を、彼女の生育史にまで逆のぼってきちんと書き込んである、著者渾身の評伝を、ぜひ一読していただきたいと思う。