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国文学科・河野龍也准教授が太宰治の新書簡3通の発見を発表しました

2015年09月24日

画像イメージ左上:太宰が佐藤に初めて出した手紙(昭和10年6月5日付)
右上:太宰が佐藤を訪問するために、日時や場所などを訪ねるハガキ(昭和10年8月12日付)
下:芥川賞を懇願する長さ4メートルの手紙(昭和11年1月28日付)

 国文学科・河野龍也准教授が、作家・太宰治が芥川賞選考委員だった作家の佐藤春夫に宛てて書いた書簡3通を発見し、このたび発表いたしました。

画像イメージ 国文学科・河野龍也准教授

 河野准教授は日本近代文学が専門で、佐藤春夫の周辺資料に関する文献学的研究に取り組んでいます。これまでの研究の過程で、佐藤の遺品の整理にあたり、昭和10(1935)年から翌年にかけて送られた3通の書簡を発見しました。

 昭和10(1935)年6月5日付の手紙は、太宰が佐藤に初めて出した手紙とみられているものです。太宰の作品を高く評価した佐藤に対し、「うつかり気をゆるめたらバンザイが口から出さうで、たまらないのです」と喜びを表現しています。

 昭和10(1935)年8月12日付の手紙は、太宰が佐藤を訪問するために、日時や場所などを訪ねるハガキです。

 昭和11(1936)年1月28日付の手紙は、第一回芥川賞を逃した太宰が、第二回の芥川賞を切望し、受賞を懇願する長文のもので、長さ4メートルの巻紙に毛筆でしたためられています。「芥川賞は、この1年、私を引きずり廻し、私の生活のほとんど全部を覆つてしまひました」「こんどの芥川賞も私のまへを素通りするやうでございましたなら、私は再び五里霧中にさまよはなければなりません。佐藤さん、私を忘れないで下さい。私を見殺しにしないで下さい。いまは、いのちをおまかせ申しあげます。」などと切実な気持ちがつづられています。

 河野准教授は、これらの資料を佐藤と太宰の関係を再考するうえで非常に重要な資料と位置づけ、関係者との協議を経て、このたびの発表に至りました。今回の発見に関して、9月7日(月)に正式発表し、多数の新聞・テレビ番組等で報道されました。

※なお書簡の全文は、10月発売の「佐藤春夫読本」(勉誠出版、電話:03-5215-9021)に掲載されるほか、11月に佐藤春夫記念館(和歌山県新宮市)で展示を予定しています。

<本件に関する問い合わせ先>
総合企画部広報室
TEL:042-585-8804