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支部便り 2016年地域交流レポート(地域交流レポート埼玉)

今年は支部創設20周年を迎え、『実践桜会 埼玉支部20年のあゆみ』という活動年表を作成された埼玉支部に伺いました。

画像イメージ

熱波が関東を覆っている8月8日、浦和の伊勢丹バンケットルームに於いて、
●石戸 昭子(昭和20年/専技卒) ●野口 正江(昭和25年/高校卒)
●鈴木 克子(昭和29年/大食卒) ●小河原 俊子(昭和32年/大食卒)
●武重 雪子(昭和34年/大食卒) ●本間 靖子(昭和34年/大食卒)
●長峯 順子(昭和36年/大食卒) ●四家 充子(昭和41年/大食卒)

8名の支部の役員・会員の皆様にお目にかかりました。

 当支部は、小河原支部長が支部の立ち上げから現在に至るまで会の中心として熱心に御活動されています。
 支部長の小河原俊子さんは、埼玉県羽生のご出身で本庄高等学校を卒業後、実践女子大学家政科に入学。昭和32年に卒業され、埼玉県の高校の家庭科の教師を長年務められました。また、県の教育センターで教員を指導され、実践の大学院の修士課程も修了されています。
 平成7年4月に実践同窓の15名の教師の方々によって、小河原さんの退職を祝う会が開かれました。その際に埼玉同窓の会を持ちたいという話しが出て来ました。
 更に同年6月、後年実践女子大学で教鞭をとられた埼玉県桶川市出身の故辻村みちよ博士(カテキンの発見・タンニンの研究をされた日本初の農学博士)の27回忌を浦和延命寺にて営んだ際、その機運が高まりました。
 その後、辻本研究室の曽根原直子さん達9名で発起人の会立ち上げ・名簿の作成などの準備を経て、平成9年6月に第一回総会が開催され、埼玉支部の誕生となりました。

 小河原支部長に支部活動を長年続けてこられた「その原動力は?」と伺ったところ「実践への愛です」と明解に一言。
 お集まりの役員・会員の方々も「支部長の熱意と包容力に魅かれて続けています。」と口ぐちにおっしゃいます。 
 今一つその意味が掴めないままお話を伺っているうちに、お集まりの皆様の実践で過ごされた『時代』というものを感じるようになってきました。

≪昭和20年代≫

 石戸さんは実践の技芸科を出られて教職に就かれました。野口さん(昭和25年卒)は新制実践女子高等学校の第一回の卒業生であり、その後教育大学を出られて家庭科の教師の道に進まれました。鈴木さん(昭和29年卒)は「家庭科の先生になるのなら実践」と進学の折り先生に勧められて入学されてやはり教職に就かれました。このように皆さん高い目的意識を持って学生生活を送られていました。
 想い出話を伺う中で、石戸さんからは、「技芸科では[早縫い]があって針に糸を通す時間も惜しむような厳しい授業でした。通学時間すらもったいなく感じて寮に入りたいと思った。」とのこと。更に石戸さんは、入学1時間目に酒寄美都子先生(実践女学校の留学生部の舎監・評議員)から、「最高学府を出たものは、稲の如く実れば実るほど首を垂れなければならない。慢心するなかれ」との言葉をいただいたそうです。その言葉は今も心に生きているとおっしゃいました。
 また、鈴木さんからは「学債」という言葉が出て来ました。入学時、「学債」に1万円払ったそうです。集められた「学債」で校舎の整備・暖房設備の設置が行われました。そして在学中に「学債」が返還された際、お父様が「実践は真面目な学校だね」と感心されたそうです。
 戦後の混乱がまだまだ色濃い時代、学校も復興の最中の厳しい状況で先輩方の勉学に対する気概を感じさて頂きました。

≪昭和30年代≫

 本間さん(昭和34年卒)は長野県から姉妹それぞれ実践に入学されて、ご本人はときわ寮で過ごされました。四家さん(昭和41年卒)は栃木県から母娘2代にわたり実践に通われました。武重さん(昭和34年卒)・長峯さん(昭和36年卒)も皆さん、実践に入学されて大切な青春の時間を過ごされました。そして、やはり教職に就かれる方が多くいらっしゃいました。
 高度成長期に入ったとはいえ、女性が大学を出て自立する事はまだまだ一般的な事ではなく、『大学出の女は嫁入りの条件が悪くなる』などといった風潮すらありました。そのような中、堅実な校風の実践を選んで地方から進学をされた方々は、ご本人のご努力に加えてご家族の理解と言った教育的環境に恵まれて居られたのであろうとも思われます。
 年代・環境の違いはあれ、お集まりの皆さんは芯の強さと真面目さに加えて、細やかな心遣いをお持ちであると感じました。これが、実践らしさ、質素堅実な校風というものかしらと温かな心持になりました。

 さて、小河原支部長は、埼玉支部を維持運営していくために総会のほかに3本の柱を考えました。

(1)総会を通じて、会員に《実践》を身近に感じてもらい、より多くの参加者が集うように実践に関係する講師の方々を招いて、魅力的な講演会を行う。
(2)地元埼玉の歴史・文化を理解し、会員相互の交流を深めるための「さいの国めぐり」を行う。
(3)実技研修と言って、会員・スタッフのタレントを生かした講習会を通して会員の集まる場を提供する。



 特筆すべきは、総会には必ず実践女子大学・同短期大学部の学長にご参加いただき、実践の“今”をお話して頂いていることです。それは、卒業生として母校の状況を知る上で学長のお話を伺うのが一番とのお考えからです。加えて、入試センター部長にも参加して頂き、母校の現状をより具体的に語って頂いています。(小河原支部長を始めとして教職に関わる会員の方も多く、進路指導などの観点からも、現状の把握が大切と考えておられます。)

(1) 講演会活動

分銅淳作元学長「宮沢憲治の精神と文化」
寺出浩司教授 「サザエさんの家庭と生活考」
飯塚幸子元学長 「下田歌子の教育理念」
百瀬洋夫教授 「日本の酒・世界の酒」
平原日出夫教授 「向田邦子と現代家族—父のわび状、あ・うん、家族熱—をめぐって」
須賀恭子教授 「学生相談センターをとおしてみた親のありかた」
田島眞学長 「健やかに過ごせる食生活」 「知って得する食品の表示」
影山輝国教授 「中国の日本の狭間で—秋瑾と下田歌子」
大久保洋子教授「江戸っ子に学ぶ食と生活の知恵:江戸のファストフード・現代のスローフード」
湯浅茂雄実践女子学園理事長 「下田歌子に学ぶ」
栗原敦教授 「生き続ける賢治—宮澤清六さんのことばから」
影山輝国教授 「論語と宥座の器」

といった実践の教授の方々が講師を務められ、その内容も文学・食物学・生活科学などと多岐にわたっており、参加された会員の皆様は貴重な時間を持たれている事と思います。更に、

鳥塚恵和男氏 「論語の使徒-青淵渋沢栄一翁に学ぶ—」
湯原美代子氏 「下田歌子と源氏物語」
観世流能楽師小島英明氏 「能の世界へようこそ」 「能楽のすすめ」(羽衣編)
元桶川南小学校校長五井丕氏 「不可能の扉を開いた人-辻村みちよ博士の生涯—」
鈴木忍氏 「彩の国の偉人 荻野吟子」
長谷川典明氏 「彩の国の偉人—塙保己一と群書類従」

など、多方面の講師の方々を迎えた郷土に深くかかわった講演会や文化的講演会も開催されています。

(2) 「さいの国めぐり」

 小江戸「川越」・秩父の夜祭り・狭山茶めぐり・平林寺・世界遺産富岡製糸場・秩父七草寺めぐりと言った県内の名所旧跡、また、塙保己一・渋沢栄一翁・新島襄と言った偉人の縁の地を訪ねて、地元の歴史・文化を知る機会としています。
 しかしながら、近年は「さいの国めぐり」も参加者の減少に頭を悩ませているそうです。

(3) 実技研修

 第一回目は平成12年に技芸科ご出身の石戸さんの「手編み講習会」開かれました。
また、国文科ご出身の上田理子さんによる「変体かなについて」や短歌の作り方の講習会、津田昭子さんによる「楽しいお菓子作り」、余地つる子さんの「絵手紙教室」と、会員・スタッフの才能を充分に発揮して行われています。他にも「健康リズム体操」、「園芸教室」に「盆栽作り」、「お香を楽しむ」など楽しい会を企画実行して、会員の親睦をはかる機会としています。

 以上のように、小河原支部長が掲げられた3本の柱は、役員・会員の方々の努力で支えられています。みなさんは年に9回から12回の打合せや会合を持って会の運営にあたっておられます。
再度、お集まりの皆さんにそのエネルギーはどこから生まれるのでしょうかとお尋ねしました。

 長峯さんは「体調が悪くて参加できなくてもいつでも待っていてくれる、そこにある居場所の様な気がします。」とおっしゃいました。
 武重さんは他県から埼玉に移り住まれたとの事、「知人や友人のいない中で、実践の同窓と言う事から、地域や人のとのお付き合いが生まれました。」と経験をお話し下さいました。
 また、『埼玉支部 10年のあゆみ』・『埼玉支部 20年のあゆみ』という年表冊子を上田理子(昭和26年/専国卒)さんとご一緒に編集された本間さんにお話を伺うと、小河原さんが総会はもとより打合せ・講演会・旅行会・研修日程に至るまで毎回紙に進行表を記してこられ、それをきちんと保管整理するように指示されているそうです。本間さんは「ひとつひとつの記録が10年・20年と集まった時に、歩んできた道筋がはっきりと見渡せて、編集した者として感慨ひとしおでした。」とおっしゃいました。
 皆さんが、大変な支部活動を支えている源は同窓の繋がりという安心感とお互いの信頼にあるのだろうと思い至りました。
 それは、小河原支部長が、長年にわたる教育者としての視点を持って実践女子学園やその同窓の人達を愛しみ、その発展・成長を願う心が支部活動の源となっているということなのでしょう。

 同窓の皆様と過ごす居心地の良い時間こそが同窓会の意義なのだと心から思いました。

 最後に、初対面の私たちを快く受け入れて下さった皆様に心より感謝申し上げます。

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