卒業論文要旨(2005年度)

特別養護老人ホームにおける高齢者の居場所に関する研究

2005年度卒業論文 空間デザイン研究室 植木規恵

1.目的

 本研究は、小規模ユニット型の高齢者施設を対象として、入居者一人ひとりの生活を追い、居場所という視点から施設の空間のあり方を考えるものである。

2.調査方法

 2005年11月19日、千葉県のS特別養護老人ホームにおいて、7時〜19時まで、15分おきに施設内を巡回し、50名の入居者とスタッフがいる場所、そこでの行為や交流の様子について記録した。ここでは2名の事例に注目し、居場所の意味を考察する。

3.事例にみる居場所の構築

(事例1)Aさん(94歳女性、要介護度III、痴呆なし)
 友人と一緒に過ごせるユニットリビングのテーブルを自分の居場所とし、生活の拠点にしている。テーブルの近くの流しで自発的に食器洗いをするなど、できる範囲の家事は自分で行い、主体的な生活をしている。ユニットがAさんの生活と交流の拠点となっている。また、リビングにいつもこの2人がいることがユニットの雰囲気を作る要素の一つとなっている。彼女たちはテーブルに来た人は誰でも受け入れ、話をするので、別ユニットの人にとって立ち寄れる場を提供する重要な存在なのかも知れない。

(事例2)Bさん(74歳女性、要介護度IV、中度痴呆)
 他の入居者よりも移動量が多く、様々な場所を利用して一日を過ごす。中程度の痴呆であるが、決して徘徊ではなく自分の意志でユニット間を動き回り、行った先々で色々な人と話し、くつろぎ、別ユニットにも自分の居場所を形成している。ユニットが開放的であることで、Bさんは複数の居場所を自ら見出し選択しており、それがBさんの生活に広がりとリズムを生み出し、交流の輪を広げている。Bさんにとって3つのユニットの存在が、行った先々で変化を感じ取ったり、刺激を受けたりしやすい環境を作っている。

4.居場所の意味とユニットの役割

 2事例は、獲得の仕方も意味もそれぞれ異なる、自分にあった居場所を見出していた。そしてそれぞれにとってユニットの持つ役割も異なっている。Aさんは、テレビと流しが近くにあるテーブルに特定の友人といつもいることで、ユニット内に固定した居場所を獲得し、ユニットの中だけで生活を完結させていた。Bさんは、自分のユニットだけでなく別のユニットも居場所として選択し、様々な場所で交流しながら生活を組み立てていた。小規模なユニットでありながら、ユニット内で完結する人の居場所だけでなく、ユニット外の人の居場所も許容できているのである。そして、別ユニットの人を拒まないAさんの存在が別ユニットの入居者であるBさんにも居場所を与え、その一方でBさんの存在が一日中ほとんど動かないAさんへの刺激ともなるような、相互に刺激を与え合っている関係が見出された。居場所とは、単に自分にあった空間を選択するだけではなく、それが他者にとっての居場所を提供するという役割を果たしている。

(図1)Aさんの生活と居場所(一日の生活行動範囲・時間ごとの滞在場所・3つの生活場面)
Aさんはいつも一緒に過ごす友人が1人いる。トイレなど移動の際はこの友人と手をつなぎ歩く。一日の大半の時間をリビングの特定のテーブルに着き過ごすが、座る席は決まっていない。自室には寝るとき以外は入らない。テーブルに着いた人と話したり、テレビを見て過ごす。他のユニットの人やスタッフが来ると、その人達とも話をする。テーブルでおしぼりをたたんだり、スタッフの仕事を手伝うこともある。食事後は自発的に片づけをし、リビングのキッチンで使用したコップを洗う。
(図2)Bさんの生活と居場所(一日の生活行動範囲・時間ごとの滞在場所・3つの生活場面)
Bさんは痴呆があり、寝室は一人部屋。同じフロアの全てのユニットに顔を出している。別のユニットにも顔見知りの入居者がおり、話す。別のユニットのスタッフとも話し、テレビを見たり、昼寝をしてくつろぐ。食事とおやつの時間帯になると、自分のユニットのリビングに戻る。自分のユニットではリビングにある畳の上やテーブル、廊下にある椅子、窓辺で入居者やスタッフと話す。ベランダへ出ることもある。自室には睡眠と着替えの時だけ入る。夜は自分のユニットが寝静まってしまうと別のユニットで起きている人の所へ行き、共にテレビを見て過ごす。



2003-2005, Space Design Laboratory, JISSEN Univ.
Status: 2006-02-14更新