卒業研究要旨(2010年度)

親子で過ごしやすい子育てひろばとは? 〜ひろばに存在する共有意識〜

2010年度卒業研究 空間デザイン研究室 久保山紗枝

1.はじめに

 子育てひろばとは0〜3歳児とその親が気軽に集まり、くつろいだ雰囲気の中で交流できる場としてつくられた常設施設である。しかし実際は「どこもグループで固まり親子で気軽に行けない」という母親たちの声があがっている。本研究では、より過ごしやすい子育てひろばとはどのようなものなのかを明らかにしたい。

2.調査概要

 江戸川区葛西にあるファミリーセンター東京ベーテルを対象として調査を行った。(図1)

3.結果と考察

 ベーテルの調査結果から以下のことが見いだせた。

(1)気軽に行ける

 「気が向いた時に来る」「一人でも行きやすい」ベーテルは予約したり友だちと待ち合わせたりする必要もなく、いつでも気軽に来ることができる。Nではグループが多く1人で来ると入り込めない雰囲気がある。

(2)初めて来ても受け入れられる

 ベーテルは常連だけのたまり場ではない。初めて来てもスタッフや周りの人が声を掛け挨拶してくれる。これによって自分が受け入れられている安心感が生まれるのではないか。「初対面でも話せるから」利用する人は多い。Nも出入り自由だが特に誰も声を掛け合うことがなく、自分の場所という感覚はもちづらいだろう。

(3)多様な過ごし方ができる

 ベーテルでは本を読む、他の子どもと遊ぶ、居合わせた人との会話など多様な過ごし方が観察された。Nでは子どもと1対1で遊ぶか、グループという閉じた関係での過ごし方以外見られなかった。

(4)自分なりの役割を果たせる

 ベーテルでは子育ての先輩・後輩、講師、他の子どものお世話など自分の可能な範囲で様々な役割を果たすことがある。それは決して強制ではなく、「利用する側」から「支える側」まで自由に選択し、深く関わることができると共にいつでも利用者に戻ることができる。徐々に「利用者」から「役に立ちたい」「支えたい」という気持ちが芽生え、単なる利用者からひろばの一員として関わるようになる。

(5)母親同士の適度な距離感

 ベーテルは皆1人で訪れて居合わせた人と話し、固定グループは形成されない。観察したうち同じ人と10分以上話す場面は少なかった。それは母親同士の関係が希薄なのではなく、他の子どもの面倒をみたり相談に乗ったり、いつでも手を差し伸べられるような適度な距離感がある。この距離感が一人でも訪れやすい雰囲気や過ごし方の多様性を支えているのではないか。

(6)母親と子どもの適度な距離

 Nでは親子が離れる場面が少ない。ベーテルでは母親以外にも1人遊びや他の母親の所へ遊びに行く場面が多い。その間母親は本を読んだり子どもを眺めたり、家ではできない距離感をおくことができる。

(7)身近なスタッフがいる

 他のひろばで管理のみを請け負うスタッフとは対照的に、ベーテルのスタッフはいつもひろばの中にいて風通しのよい雰囲気をつくる重要な役割を果たしている。来る人を把握し会う度に会話を交わすことで信頼関係を築いている。いつも誰かに話し掛けるというよりも、ひろば全体の様子を見て利用者と適度な距離をおいて接している。

4.まとめ

 ベーテルは他者との関係を広げながら、気軽に訪れて多様に振る舞うことのできる自由な空間である。決して固定的な関係ではなく、互いに適度な距離感を保ちつつも、自分がひろばの一員だと感じられる場所である。単に利用するだけでなく、訪れる人にとって自分の場所であるとともに他の人の場所でもあり、互いにベーテルを支えていこうとする共有意識が生まれているのではないかと思われる。これらの特徴が親子の過ごしやすさにつながり、また社会的に孤立しやすい母親にとっても極めて大きな意味をもちうる。

(図1)対象施設および調査の概要
江戸川区で唯一NPO法人の運営する子育てひろば。マンションの一室を開放し、固定スタッフを常駐している。※区が運営している他のひろばは保育園や区民館などに隣接し、スタッフは配置されていない。
調査は親子とスタッフの行動を10分毎に記録(11月8日13〜16時)。また母親へのアンケート(15枚回収)とヒアリング。比較として同じ区内のN施設にて行動記録を行った。(11月12日13〜16時)



2003-2011, Space Design Laboratory, JISSEN Univ.
Status: 2011-01-28更新