卒業研究要旨(2010年度)

生活空間としての高齢者施設のあり方 〜入居者の居場所と主体的行動から〜

2010年度卒業研究 空間デザイン研究室 内山裕子・川又詩織

1.研究目的

本研究は、特別養護老人ホームとグループホームという違う形態を持つ高齢者施設において、入居者の居場所 ・ 主体的な行動に着目し、生活空間としての施設のあり方を見出すことを目的とする。ここでは食事 ・入浴 ・ 排泄など施設のプログラム以外の時間に入居者の過ごす場所を「居場所」と捉えた。

2.調査概要

 A特養とWホームを対象として、入居者の生活場 面の観察調査(入居者の居場所・行為 ・ 会話等を15分ごとに記録)、およびスタッフの追跡調査(スタッ フの居場所・行為を1分ごとに記録)を行った。施 設概要を表1に示す。調査日は、A特養が2010年10月3〜6日、Wホームが2010年11月9〜12日である。

3.居場所の選択

 入居者の過ごす空間はA特養では居室が多く、Wホームでは共用空間が多かった(図1)。 入居者の一人あたりの居場所数を要介護度別にみると(図2)、A特養では全体に居場所は少なく、要介護度の高低による差はあまりみられない。自室とリビングの往復で生活が完結している人が多い。一方でWホームは全体的に居場所が多く、介護度によって数に大きく違いが見られる。元気な人はその時の気分や用途で空間を使い分け、重度の人は一定の場所で日中を過ごす傾向がある。ただし、Wホームでは重度の人であっても和室の障子を自ら開閉する事や、姿勢を動かす事で、場の雰囲気を選び取るなど、一つの居場所の質を変化させていた。

4.居場所でのかかわり

 Wホームでは和室で一緒に過ごす人が多い。元気な人はお手伝いや会話などそこで多様な活動を行い、重度の人はその様子を眺め、時には会話に加わるなど、そこにいるだけで自然と繋がりが感じられる。同じレベルの人同士だけでなく、様々な介護度の人が一緒にいることは特に重度の入居者にとって刺激となっている。また、スタッフがいつも一緒に居て、積極的に入居者と会話を行うことで交流の機会を自然と作り出している。  一方でA特養の場合は一部の入居者を除き、食事以外の時間をリビングで日中を過ごす人が少ない。その為、リビングでは多様な行為が見られず、入居者同士のかかわりが生まれにくくなっている。

5.考察

 Wホームの場合、多くの入居者が一緒に居る人・居場所・生活行為を自主的に選択できていた。その行為が難しくなってくる重度の人でも、そこにいるだけで自然と他者との繋がりが持て、入居者の多様な居方が可能であった。これらは介護の必要な入居者の「生活の質」を高める要因と考えられる。Wホームでは、連続した多様な空間や障子・畳などのしつらえがそれを生み出している。比較して、A特養では居場所がそこまで豊かとは言えない現状だった。しかし、少数だが移動の途中で足を止めて外を眺める、廊下の隅に出来たたまり場で交流するなど、廊下空間が効果的に使われていたり、リビングで交流をはかる場面も見られた。これらの空間を豊かな居場所として有効に活用する事で、生活の質は高まるのではないか。

(表1)調査対象
A特養
建築面積/3656m2、調査時入居者数/46名(8〜9名×6ユニット)、平均介護度/3.35
全個室・小規模ユニット型の特養。南側の雁行した片廊下によって居室を緩やかに繋ぐことで、入居者が自然と集まれる「たまり場」となるように設計されている。庭はユニットのどこからでも眺めることができ、入居者・スタッフの精神面を落ち着かせる役割を担っている。
Wホーム
建築面積/778m2、調査時入居者数/18名(9名×2ユニット)、平均介護度/3.11
「おえ」と呼ばれる続き間の和室を中心に配置し、廊下ではなく空間で居室を繋ぐ構成とすることで、住宅のスケール感とコンパクトな動線を維持している。和室・キッチン等の生活空間が各ユニットに2カ所ずつ設置してあり、部屋の境の引き戸で空間を区切ることにより内部を更に小さな生活単位とすることも可能である。
(図1)滞在場所割合(グラフ)
(図2)居場所数(グラフ)



2003-2011, Space Design Laboratory, JISSEN Univ.
Status: 2011-01-28更新