卒業研究要旨(2011年度)

集いゆく波紋

2011年度卒業研究 空間デザイン研究室 番場みゆき

1.背景

 近年、ご近所付き合いや集合住宅内でのコミュニケーションが希薄化している。コミュニケーションの希薄化は、他人に関心を持たない子どもを育てるなどの子ども環境への不安や、住人と不審者の区別がつかないという防犯上の不安、育児の負担増大からくる児童虐待、些細な出来事からでも生まれてしまう近所紛争などの問題を引き起こす。現在の集合住宅は、プライバシーを重視するあまりに住空間が閉鎖的になりすぎることで住人同士の不信感を生み、余計に生活を閉鎖的にしてしまうという悪循環を生んでいる。

 今ある集合住宅の多くは、各住戸が共用廊下から遮断されているため住戸が閉鎖的で、コミュニケーションが生まれにくい環境となっている。こういった問題をコレクティブハウスでは解消できているが、こうした企画には積極的にコミュニケーションを求める人しか参加していないのが現状である。

 キッチンなどの設備を共有し関わり合いながら一緒に暮らすのではなく、コミュニケーションをとるためにわざわざ何か企画をして交流の場をつくるのでもなく、普段から他の住人との小さな接点をつくり、お互いを認識していく。自分の時間を過ごしているだけで自然と他の住人との関わりが生まれるような今までの集合住宅とは違う住人同士の出会い方をする集合住宅を提案する。

2.計画

 ベッドタウンに住むファミリー向けの集合住宅。ベッドタウンに住むお父さんたちは、平日は仕事で都内までの通勤時間もかかるため家に居られる時間も短く、近所の人と関わる機会も少ない。たまの休みや定年後、近所に知り合いも居らず寂しい時を過ごすお父さんも多い。ファミリー向けの集合住宅だからこそ、もし子どもから大人や老人まで様々な年齢層の人たちと関わることができれば、学校や職場では得られないものが得られるかもしれない。短い在宅時間の中でいかに他の住人との関わる場をつくるか、些細な関わりでもより多くの出会いが生まれる工夫をつくる。
 住戸は、家族の共有スペースの周りに個人の部屋が繋がっており、それぞれの部屋が集合住宅の共有スペースと繋がっている。それぞれの部屋の開口部から共有スペースで過ごす人との程よい距離を生み出す。

(1)階段
 段差があることで、同じ高さを歩いているときとは違う視線、距離感を生み、思わぬところで出くわす機会をつくる。それは、お互いに存在を認識するときもあれば、一方だけが存在に気づくときもある。

(2)本棚
 本棚に並んであるものはその人の個性を表す。何が置いてあるかでその人の興味関心を知ることができ、並べ方にも個性が出る。一人一人の本棚を住戸外の共有スペースに置くことで、顔を合わせる機会がなくともその人を把握することができる。また、本棚が住戸外にある事で、自分の時間を過ごす場所が共有スペースへとシフトしていくきっかけとなる。共有スペースで過ごすことで、通る人との関わりや共有スペースで過ごしている人同士の関わりが生まれる。

3.結果

 顔を合わせる、少し遠くから他の住人の生活の様子を見る、自分の時間を過ごしている横を住人が通り過ぎてゆく、本棚でその人のことを知る、そうした小さな関わりがたくさん起き、コミュニケーションの輪が波紋のように広がっていく。その波紋は、住人が生活していくに連れ集合住宅内のあちこちで発生し、徐々に大きくなってゆく。
 中学生の女の子が子供たちに本を読み聞かせる。運動部の男の子が筋トレをしていたら、そこを通ったお父さんも一緒に筋トレを始める。お父さん同士で趣味の話で盛り上がる。小学生と大学生が一緒になって遊んでいる。映画の上映会が始まる。そういった風景の生まれる集合住宅を目指す。

(図1)模型写真



2003-2012, Space Design Laboratory, JISSEN Univ.
Status: 2012-01-29更新