卒業研究要旨(2013年度)

なぜ施設に植物を置いても効果がなかったか 〜高齢者施設の環境が高齢者に及ぼす影響〜

2013年度卒業研究 空間デザイン研究室 鈴木優花

1.はじめに

 本研究は、高齢者施設の環境、特に植物や自然の環境が入居者の生活に及ぼす影響について注目し、施設環境の改善のための方法や効果の検討を目的とする。

2.<調査1>植物設置による環境改善の試み

 M施設は2012年開設のユニット型の特別養護老人ホームである。ユニット内のリビングが殺風景であり(表1写真)、食事以外の行為も乏しく、居場所になり得ていないと感じた。そのことから、ユニット内に観葉植物を設置して環境改善を試み、設置前後を比較することでその効果を検証する。調査方法及び設置の様子は表2、表4を参照。
 結果として、入居者のリビングの滞在時間や交流が少し増えたが、一部の入居者と季節の変動による影響を除くと、生活に対する影響はほとんど見られなかった。植物に注目したり、話題にする様子も観察されず、植物による効果はほぼなかったと言える(図1)。

3.<調査2>環境共生型施設との比較

 同じ設計者によるユニット型施設で、庭や外部との関係を重視したA施設(表3)で表4の調査を行い2つの施設を比較する。

3−1.生活の違い

 入居者の滞在場所は両施設とも居室が多い。A施設ではリビング以外に庭の見える廊下等での滞在も見られ、M施設より生活の範囲も広がり、居場所が多い。入居者の行為もA施設の方が交流や主体的な行動が多い。という違いが見られた(図2)。

3−2.外部の自然や室内の植物を関わる場面

 A施設では場面が多く抽出され、様々な入居者が外を見る、話題にする、植物を触る、自分で世話をするなど、自然や植物との関わりが多様に見られた。
 一方、M施設では限られた人が外に興味を示す場面が散見されたのみであった。
 入居者の平均要介護度は、A施設3.56、M施設3.18とA施設の方が重いにも関わらず、生活の質は高く、自然や植物との関わりも豊かという結果となった。

3−3.ケアの違い

 スタッフの行為は平均すると両施設で大差がないが、M施設の方が人によってバラつきが大きい。スタッフの居場所はA施設に比べM施設では居室やリビングが少なく、入居者の滞在場所と乖離している。
 M施設では、入居者をなるべく居室に戻して流れ作業的にケアをする様子が見られ、リビングの環境整備に対しても消極的である。

4.考察

 A施設は、自然と接しやすい環境であるが、それだけでなく、その環境を活かしながら個別のケアが行われていた。入居者にとってユニットが自分の住まいのように実感され、その結果、他者に対しても自然に対しても関心が高くなっているのではないか。
 一方M施設では、環境の刺激が乏しいだけでなく、介護が施設的になっている結果、入居者の住まいとしての感覚が薄く、身の回りの環境の変化に対する関心も乏しくなってしまっている可能性がある。

5.まとめ

 今後の施設環境として、まずは入居者自身の能力を維持し、生活を再構築させるような個別のケアを行うこと、入居者自身が自分の住まいと思えるような環境を整え、空間の使い方を工夫して行っていくことが課題として挙げられる。ケアと環境づくりが上手く融合することで、入居者も感覚を取り戻し、植物の効果がより一層生まれてくるのではないだろうか。

(表1)M施設の概要
(表2)植物設置の概要
(表3)A施設の概要
(表4)調査概要
(1)入居者生活場面の観察調査
・生活場面に常駐し、対象範囲の全入居者の居場所、行為、会話等の交流の様子を15分おきに調査シートに記録
・スタッフの行為、居場所、ケアについても同時に記録
・7:00〜19:00の12時間調査を行い、データを抽出
(2)スタッフ追跡調査
・対象スタッフを選出し、調査員が1対1でスタッフに張り付き、1分おきに行為、居場所、ケアを記録
・7:00〜19:00に勤務しているスタッフを対象とした
(3)入居者実態調査と環境について入居者とスタッフにヒアリング
・入居者の介護度、年齢、生活歴、今の環境について聞いた

(図1)植物設置前後の入居者行為(グラフ)
(図1)A施設とM施設の入居者行為(グラフ)



2003-2014, Space Design Laboratory, JISSEN Univ.
Status: 2014-02-09更新