卒業研究要旨(2014年度)

ユニット型高齢者施設における実践的研究  〜リビング空間の可能性を引き出す試み〜

2014年度卒業研究 空間デザイン研究室 加藤千晶

1.研究背景・目的

 入居者が充実した生活を送るには、建物・環境・使い方の3つが揃っている必要がある。特に環境に関しては、限られた行き場の中で自分の意志で過ごし方を選べることが生活の質を左右してくると考える。本研究対象のM施設は年々入居者の無為行動が増加していることが報告されている。そこで、M施設のユニット内リビングにおいて行える行為の幅を広げると共に、リビング空間の可能性を考えることを目的とする。

2.研究方法

 M施設の2ユニットを対象にスタッフを交えたワークショップ(WS)を複数回行い、実践案を考える。また、検証調査を行い、生活行為の変化を見る。施設概要及び研究方法については以下の図1と表1に示す。

3.研究結果

(1)従前の様子:

 昨年と同様の殺風景なリビングと、何もせずそこに居る入居者の姿が見て取れた。居室調査より、日中を居室で過ごす入居者も充実した時間を送っていることはなく、テレビ等で食事までの時間を消費していた。いずれの状態も、リビングで行える行為が食事しかないことが悪影響を与えていると考えられる。

(2)リビング空間の提案に至るまで(表2):

 2回のWSにてスタッフの意見を交えながら考えた結果、それぞれのユニットで図2の空間を図3の様に変更した。広いリビングを分割し行う行為によって空間を使い分けることを想定している。そうすることで入居者自身がその時々の気分で自身の居場所を選び、何かしらの意欲的な行為がうまれると考えた。また、自立歩行出来る入居者だけでなく車椅子を使用している入居者も使えるように配慮した。実践案を考える際、3階は複数人で使うことを提案に混ぜてあり、4階は主に2人程度の人数が使うことを考えて実践案を決めた。
 第3回WSでは、実践後の様子についてスタッフから表2に記したコメントをもらった。その中では入居者の変化よりもスタッフの変化について述べられたことが多かった。実践したことでスタッフも入居者との接し方の広がり等を実感し、環境を変えることに少しだが興味を抱くようになったと考えられる。

(3)検証調査:

 4階はスタッフの作業空間としての雰囲気が強くあり、入居者が使えるような状態ではかった。これに対し、3階は憩いの空間として観葉植物やクッションを置く等の工夫が為されていた。そのためか、全体的にみると昨年からの大きな変化は見られないが、個人に注目したときに実践した空間を利用している入居者が3階の方で見られた(図4)。
このような結果がでた理由について、スタッフの意識の差が現れたと考えられる。4階よりも3階の方が実践空間を活用していく意識が高かったように感じた。

4.まとめ

 目的である入居者の行為の幅を広げることについては十分な成果があったとはいえず、まだ多くの課題が残る結果となった。しかし、実践に移したことで起きたスタッフの空間に対する考え方の変化は、今後ユニット内で自発的に空間をより良くしていこうという行動を取る未来を開いたのではないだろうか。そのように考えると、M施設のリビング空間は今後も手を加えることによって、更に良くなる可能性を持っているといえるだろう。

(図1)M施設概要
(図2)提案実践前(3階)
(図3)提案実践後(3階)
(図4)実践後の入居者Fさん(3階)

(表1)研究方法
 観察調査 8/7 リビング内の様子を観察
 ヒアリング 9/10、11 数人の入居者から施設で調査の暮らしについて話を聞く
 居室調査 9/30〜10/7 対象ユニットの居室環境調査(22室)
 WS 9/3、9/24、11/11 ユニットリーダー、施設長、事務員を交え、意見交換
 提案の実践 10/10 家具の配置 11/24、12/4 小物の配置
 検証調査 10/29、30、12/10 15分につき1枚の紙に入居者の軌跡と行為を記す

(表2)提案に至るまでの過程
 9/3 第1回WS ・従前時の状態と理想の空間について話した/スタッフや施設長も現状を何とかしたいと思っていた/環境の変更にはやや消極的
 9/24 第2回WS ・こちらが提示した複数案をもとにスタッフが手を加えて案を決定
 10/10 実践1 ・3階は通路から入り込みやすいL字型の案を実践/4階は周りを気にせずに憩えるよう、通路に対して背を向けたL字型の案を実践
 11/11 第3回WS ・WSから得たコメント:何人かは実践した空間を使っている(個人で)/スタッフがケアの仕方について考えるようなった/空間を使ったケアを行う中で入居者の性格をより深く知ることができた/実践した空間での行為のバリエーションを増やしたい
 11/24、12/4 実践2 ・入居者の行為を誘発するような小物を配置した。



2003-2015, Space Design Laboratory, JISSEN Univ.
Status: 2015-01-25更新