卒業研究要旨(2015年度)

高齢者施設における居場所の可能性

2015年度卒業研究 空間デザイン研究室 村松愛理・米本祐子

1.研究目的

 ユニット型特別養護老人ホームM施設では2012年に開設後毎年研究が行われ、生活感の乏しい殺風景なリビングで効率を優先させたケアが行われていることが報告されている。本研究ではリビングの環境に実際に手を加えて居場所を作ることで、入居者の個性・生活を考えたユニットケア本来の在り方を見直し、その人らしさが出る住まいになることを目的とする。

2.研究方法

 M施設の2ユニットを対象に、スタッフを交えたワークショップ(WS)を複数回行い、入居者や家族の声を聞きながら実践案を考察する。この実践の前後で検証調査を行い、入居者やスタッフに与えた影響を捉えようとする(表1)。施設概要は以下の通りである。
・対象施設:ユニット型特養M施設、2012年開設・定員63名
・対象空間:3階・4階の西ユニット
・対象者:22人(平均介護度3.5)

3.研究結果

(1)事前調査

昨年時と大きな変化は見られず、リビングは生活感が乏しいままであった。入居者からは、居室しか居場所がないという声が聞かれた。

(2)WS及び提案

 4回のWSにてスタッフと共にリビングにおける提案内容を検討した。入居者の居場所の選択肢を作ること、入居者の行動や会話のきっかけを増やすこと、の2点を目指した。スタッフからは、自発的に使える人はいない、物を置くと持っていかれてしまうなどの意見が出たが、話し合いの末、1壁面ラックを用いた展示スペース2こたつを置いた畳スペースを行うこととし、購入・設置を行った(図1・2)。

(3)検証調査

 入居者の生活を全体的に見ると、昨年から自発的行為に大きな差は見られず、リビングでの過ごし方は無為行為が多い。ケアの必要性が高い入居者はリビングの滞在時間が長く、自立度の高い入居者は個室にいる傾向がある。しかし個人に注目すると、提案した写真や作品展示を見に行く様子が見られた入居者もいた(図3)。スタッフからも「話のきっかけができて間が持つようになった。」「机を叩く入居者をこたつに連れて行くと叩かなくなった。」などの声が聞かれた。
 当初スタッフは、効率的なケアを優先し、提案に対して懐疑的な意見が多かった。しかし実施後、環境が入居者の個性や反応を引き出すという発見に繋がり、今後も環境に手を加えていく意欲に変化した(表2)。

4.まとめ

 今回の提案で、その人らしい生活が送れるようになるまでは十分な成果に至らなかったが、入居者のリビングでの過ごし方に幅が広がったように感じる。提案後の入居者の変化を受けて、受け身だったスタッフの考えが今後も継続して手を加えていきたいという心境へと変わったことは、大きな変化と言える。今後は、入居者の潜在的・意欲的な声が聞ける様になれば、その人に合わせた生活リズムを支援していけるだろう。

(表1)研究方法
1)事前調査
・プレ観察調査(7/9):提案前のスタッフ・入居者を調査し、現状を把握。
・入居者ヒアリング(8/11、10/14):入居者の生い立ちや施設に思うことを把握。
・家族アンケート(11/4〜20):入居者の性格やこれまでの生活を知るアンケートを配布。
2)WS及び提案
・WS(8/11,8/31,9/18,10/7,1/7):施設スタッフとの意見交換。
・実践(11/4〜13):家具・パネルの設置。
3)3事後調査
・観察調査(11/20,12/3):15分おきに軌跡を記し、居場所・行為を把握。
・スタッフ追跡調査(12/9,10):スタッフの居場所・声かけを記録しケアの仕方を分析。

(図1)作品展示1(写真)
(図2)畳スペース2(写真)
(図3)Hさん(要介護度4・81歳)の実践後の生活

(表2)提案前後におけるスタッフの変化
<提案に対する評価>
 (提案前)新しくスペースを作っても、入居者自ら空間を選んで行かないのではないか。
 →(提案後)自ら行く入居者もおり、連れて行くと落ち着きが見られた。
 (提案前)物や飾りを置くと、入居者が物を口にする・持ち帰ってしまう可能性がある。
 →(提案後)入居者の前向きな反応や行為を引き出すことができた。声をかけるきっかけも増えた。
 (提案前)廊下に物を置くと、リハビリの時に邪魔になる。
 →(提案後)空間全体を使えるようになった。生活空間としての温かみが出てきた。
<環境に対する意識>
 (提案前)スタッフの負担増につながらないようにしてほしい。効果については懐疑的。
 →(提案後)やってみたことで様々な効果が生まれた。自分たちでもやってみようという気になった。



2003-2016, Space Design Laboratory, JISSEN Univ.
Status: 2016-02-05更新