卒業研究要旨(2016年度)

入居者の生活を豊かにするセミプライベート空間とは 〜 高齢者施設における実践的研究 〜

2016年度卒業研究 空間デザイン研究室 戸上萌子

1.研究背景・目的

 ユニット型特別養護老人ホームМ施設は2012年に開設後毎年研究が行われる中で、施設のような生活感のないセミプライベート空間で入居者の無為が目立つことが報告されている。本研究では実際に環境改善を行い、入居者の生活が豊かになることを目指す。

2.研究方法

 スタッフにキャプション評価法を実施しユニット内の環境における問題点を洗い出した上でWSを複数回行い、入居者や家族の声を聞きながら提案を行う(表1)。提案の実施前後で入居者の居場所と行動の観察調査を行い入居者やスタッフに与えた影響を捉える。対象空間は3・4階東ユニットとし、対象者は20人、要介護度3.7である。

3.研究結果

(1)事前調査

 ユニット内は殺風景で何もないに等しい環境であることがキャプション評価法から指摘された。リビングから離れた小さい空間はスタッフが洗濯物置き場として使用しており、入居者が自ら活用する様子はなかった(図1、2)。

(2)WS及び提案

 スタッフとの話合いの末、図3を提案し、11月・12月に家具の制作・購入・設置を行った。

(3)検証調査

 全体的にみると、入居者の行動や生活に大きな変化があったとは言えない。だが今までになかった入居者の新しい生活シーンを伺うことが出来た。

【こたつスペース】
 居室やリビングにいると落ち着かない入居者がスタッフに「こたつがいい。」と言って気持ち良さそうに、うたた寝をしていた(図4)。家族と入居者の方が一緒にこたつに入り、肩を寄せ合いながら、たわいもない会話をしながら団欒していた(図5)。スタッフがこたつで記録をし、その横のソファで入居者が落ち着いて寝ている姿が見られた(図6)。

【写真や私物】
 認知症高齢者の方が立ち止まり、昔の自分の写真を見てスタッフと笑顔で昔話をしていた(図7)。要介護度5の入居者に昔の写真を見せると強く握りしめてじっくり見ていた(図8)。

【居室の前の暖簾】
 部屋に帰る時に必ず暖簾を見ている入居者がいて、気に入っていると言っていた。ユニット全体も明るい雰囲気となり、施設のような寂しさが軽減したことがスタッフの話から伺えた(図9)。

4.まとめ

 今回、環境を変えた事で、入居者の新しい表情・反応・距離の近さ・落ち着きを引き出す事ができた。入居者の生活を豊かにするセミプライベート空間とは食事をする為に強制的に行く場ではなく、入居者が自分のしたいことを選択できる場、自ら関わりを持ちにいく場である。環境が入居者に寄り添ったことで、セミプライベート空間に選択肢をつくることができたと考える。今後、環境が入居者の生活に馴染み、継続的に新しい生活シーンを積み重ねることで入居者の生活はより豊かになっていくだろう。

(表1)研究方法
8/5、12/19:12時間調査:環境改善前後のスタッフ・入居者の居場所・行動の調査をする。
8/15-29:キャプション評価法:スタッフと共に問題提起を行う。
9/1・30、10/26:スタッフとのWS:スタッフの意見を交えた提案を行う。
9/30、10/26:入居者ヒアリング:入居者の個性や生活を知る。
10/28〜11/8:家族アンケート:入居者のこれまでの住まいを知る。
12/1〜14:提案内容の実施:家具の制作・配置を行う。
1/12、15:スタッフ・入居者ヒアリング:提案後の振り返り、検証を行う。

(図1)3階 改装前こたつスペース(写真)
(図2)3階 改装前リビング(写真)
(図3)提案内容
【こたつスペース】
小さいスケール感のこの場所は入居者に馴染みのあるこたつと棚を配置した。落ち着いて少人数で集まれることができるようにした。
【写真や私物】
入居者の邪魔にならないように奥行きの小さい棚を設置。本や写真を貼る事で入居者とスタッフの会話につながることを目的とした。
【居室の前の暖簾】
家族から提供してもらった布を暖簾としてかけることで、ここを自分の家だという認識を持ってもらうことを目的とした。

(図4)こたつでうたた寝(写真)
(図5)こたつで家族と団欒(写真)
(図6)スタッフの横で寝る(写真)
(図7)写真を見て笑顔で会話(写真)
(図8)写真をじっくり見る(写真)
(図9)居室の暖簾をくぐる(写真)



2003-2017, Space Design Laboratory, JISSEN Univ.
Status: 2017-01-21更新