卒業研究要旨(2018年度)

階段を通して見る世界

2018年度卒業研究 空間デザイン研究室 中村若菜

1.はじめに

 日野市は市の中心を流れる川と台地によって高低差が生まれ、その複雑な地形に多くの階段が発生している。本研究では日野市の階段を調査し、階段の持つ多様な体験と魅力を考察することで、階段を見るための新たな見方を提案することを試みる。

2.研究方法

 日野市全域の階段を対象とし、以下の調査を行った。
・形状、素材、各種寸法、周辺状況等の記録。
・階段全体の写真撮影、細部のスケッチ。
 結果129の階段を訪れ、記録を元に個々の階段について考察を行った(写1)。それぞれの階段における多様な体験を表現する上で「世界」という概念を用いた。ここで言う「世界」とは、そこにある(または想像される)様々な素材によって構成された、物語によって語られる自立した空間のことを指す。

3.「世界」を体験する上での階段の役割

(1)2つの世界をつなぐ

 階段の上と下には、それぞれ異なる世界があり、階段は両者をつなぐ。階段を通ることで、異なる2つの世界へ移行することが感じられる。その移行の仕方に、a)階段が1枚の境界となって一気に世界が変わる、b)上下の世界を同時に視野に入れながら徐々に移行する、c)いったん階段という別の空間を通過して新たな世界へと移行する、というパターンが見い出された。

(2)世界を見る新しい視点を提供する

 階段の上から見下ろす、下から見上げることによって、今まで自分のいた世界を異なる視点から捉え直すことができる。階段の高低差が日常から切り離された新しい視点・視野を提供しつつ、同時にそこは確かに階段によって接続される世界として体験される。それは単なる景色以上の意味を持つ。

(3)完結した世界を創り出す(写2)

a. 階段及び周辺要素によって、周囲と切り離された完結した世界として感じられるもの。階段の素材と周辺の住宅や自然などの要素が組み合わさって構成された、独自の世界に足を踏み入れた感覚になる。

b. 階段及び周辺要素が、今そこにない時間的・社会的な広がりを連想させ、想像的に別の世界へと誘うもの。廃階段はかつての歴史を思い起こさせ、階段にはみ出す生活要素は人々の生活世界を思い起こさせる。

c. 階段は様々な行動や意識を誘発する。そんな階段を舞台として仮想の「私」が主人公として振る舞うように感じられる世界がある。仮想の「私」と階段が一体となった世界を、別の視点から見ている感覚を得る。

4.「世界」が複合されて体験させる要素

 実際に階段を移動する際、これらの「世界」はおそらく複合されて体験される。さらにその体験を複合させ、強化する様々な要素がある。

(1)離れた視点

 階段全体を離れた視点から一望するとき、階段の外に広がる世界と階段の内側に展開される世界を同時に認識することができ、複合的な魅力が増加される。

(2)階段へのアクセス

 階段に至る経路や周辺状況が、階段の存在を予期的に、あるいは予期しない形で出現させ、その体験を強化したり、より独自の世界を感じさせる。

(3)他者の存在

 階段の世界に「他者」が入り込むと、他者との間に作られる世界、他者の体験を追体験する世界、他者の生活を想像する世界など、様々な体験が複合する。階段の世界と「私」との関係はより複雑で多様なものとなり、そこに豊かな魅力が付加される(写3)。

5.まとめ

 今回、階段を含む景観の魅力を捉える新たな視点の導出を試みた。日野市の階段に注目したことで、一見何気ない階段の風景から、多様な世界を体験させる階段ならではのポテンシャルを見出すことができた。

(写1)ガードレール内が全て階段になっている階段である。118段という規模の大きな階段で上からのまちの景色やカーブになっていることで見ることのできる人の動きが特徴。
(写2)曲がりながら奥へ伸びる階段には植木や自転車、傘を干すなど住民の私物が沢山置かれている。個々の私物が存在感を発揮しこの階段特有の世界を作り住民の生活を想像させる。
(写3)階段に座る親子を通してみる風景、親子が見ているの風景、関係性など階段を見る私は親子によって作られる世界を見る。階段に親子が入ることで考察は更に深まり広がる。



2003-2019, Space Design Laboratory, JISSEN Univ.
Status: 2019-01-17更新