2005年度修士論文講評

特別養護老人ホームの生活環境改善に関する研究
 〜個別性を大切にするユニットケアをめざして〜

2005年度修士論文 高橋 里沙

 高齢化の進行する我が国において、介護の必要な高齢者のための受け皿となる居住施設の整備はきわめて切実かつ重要な課題である。しかしそれらの施設では、往々にして入居者は一方的に介護される存在であり、その人らしい生活の実現とは乖離した環境であることが問題提起されてきた。近年、入居者のプライバシーや個の尊厳、個別の生活の実現などを目的として、大人数の一斉処遇から、小規模のグループに分けてケアを実践する「ユニットケア」と呼ばれる考え方が浸透しつつある。2002年には「小規模生活単位型」として制度化され、新築の施設に適用されるのみならず、既存の施設においてもユニット化へ向けての改修が始められており、今後膨大なストックである既存施設の改修が行われることが予想される。本論文は、そのような時宜に合わせた調査を行い、丹念に収集した詳細なデータをもとにまとめ上げられた研究である。

 補助金に基づく施設の整備は、補助基準の数値や仕様を満たすことが優先され、本来その基準が果たすべき役割や理念が反映されているとは限らない現状がある。ユニット化改修においても、入居者を小規模にグルーピングし、その小規模グループのための空間を作ることはいいとしても、そこでどのようなケアを行うことが望ましいのか、そのためにはどのような改修を行うことがふさわしいのか、といった点が議論の外に置かれたまま、改修が行われていってしまう危惧なしとは言えない。本研究では、2箇所のこうした改修事例を対象に調査を行い、改修の結果立ち現れているケアの現状と高齢入居者の生活の現状を、客観的なデータを用いて捉えることに主眼を置く。そして、ユニットケアの理念である、個別性を大切にしたケアがどの程度実践されているか、その結果入居者一人一人の個別な生活がどの程度実現しているのか、という視点から、それぞれの施設の評価を行っている。

 既往研究では、ユニット化した施設ではスタッフのケアの面、入居者の生活の面とも、大幅に改善されたとする報告が多くなされているが、今回の調査結果をみると、ある施設では必ずしも当初思い描いたようなユニットケアが実践されているとは言えない結果となっている。これは、必ずしも先駆的ではない、ごくありふれた施設の取り組みにおいては、むしろ当然の結果とも言え、既存施設をユニット化する際の難しさが如実に表れているものであろう。同一施設に一年という期間を置いて調査を行ったことで、こうした問題を「時間」が解決するわけではないことも示されている。今後多くの既存施設の改修事業に対して、形の整備だけを先行させることに警鐘を鳴らす意味をもつデータが示されていると言える。その一方で、まださまざまな課題を抱えながらも、ユニット化によって入居者の生活が改善されている事例が報告されている。分析はまだ充分とは言えないが、今後さらにデータを読み込んでいくことによって、ユニットケアに関する豊富な知見が得られることが予想されるものである。

 以上より本論文は、現状に対する客観的なデータを示し、今後の施設整備の方向性を考える上で基礎的知見となりうる論文として評価できるものであり、修士論文に値すると認められる。



2003-2010, Space Design Laboratory, JISSEN Univ.
Status: 2010-10-24更新