2010年度修士論文講評

都市近郊都市における路地空間利用の特徴に関する研究
 〜所沢市中心市街地をケーススタディとして〜

2010年度修士論文 平岡美樹

 本論文は、所沢市という郊外都市における路地空間に着目し、その特徴を明らかにするとともに、路地を活用したまちづくりに向けての可能性を見出そうとするものである。

 路地を対象とする研究はこれまでに数多く行われてきた。その多くは東京の下町や漁村集落などを対象とし、長い時間をかけて形成されてきた路地空間の価値を、その領域性やコミュニティとの関連性から解き明かすものである。それらは、地縁性の強い土地柄であるからこその、その地縁性を紡ぎ出す環境要素としての路地に目を向けてきた。それに対して、本論文で注目している所沢市は、街道沿いの交通の要所としての歴史はあるものの、町の基本的性格はスプロール的に開発された郊外住宅地であり、維持すべき、あるいは計画の規範とすべき既存のコミュニティはあまり期待しえない地域である。本論文は、これまであまり対象とされてこなかった郊外住宅地にも、近代的な都市計画から漏れ落ちた多数の路地が存在していることを見出し、下町の歴史的路地とは異なる性格を持つこうした路地の特性と価値に目を向けていることが最大の特徴である。

 まず、所沢の中心市街地を対象として、丁寧に路地を走査し、路地の形態的・環境的な特徴を実態として洗い出している。そこには、建物のすきまを縫うだけの単なる通り抜け路地だけでなく、さまざまな生活用具や植物類が溢れ出し、ときには生活行動そのものが観察されるような、生活感のある路地が存在することが示されている。ここで定義する路地とは、幅員4m未満のものを指すが、同地域に存在する幅員4m〜10m未満の道路との比較を行うことによって、路地の特徴をより明確にしようと試みている。その結果、路地と道路では、そこに置かれている様々な物理的要素(植栽などの表出や自転車などのあふれ出し)や路地/道路を構成する境界要素(門塀や生け垣など)に差が見られ、路地のほうがより多様な物理的要素で構成されていること、そして同じ植栽や塀であっても路地と道路とではその意味が異なることを見出している。とくに、屈曲した見通しの悪い路地/道路の場合、道路では境界要素がより閉鎖的になるのに対して、路地ではむしろ開放的となり、住人と路地との関わりが強くなっていることを明らかにしている。すなわち、下町や漁村集落等の相互浸透的な路地コミュニティとは異なるものの、郊外住宅地の路地空間は、車の通行を第一義とする道路と比べ、居住者による領域化がなされやすく、路地を介して外部空間(=町)と居住者との関わりが強化されている可能性があると言える。論文の最後には、こうした路地空間のもつ価値をより活かしつつ、安全対策上も効果が期待できるような、路地の境界要素のあり方、および路地形態のあり方を提案している。

 路地空間の最大の特徴が、路地という物理的環境と、そこに住まう居住者との相互浸透的関係に見いだせるとするならば、本論文はそのハード面のみからのアプローチであり、居住者の実際の生活行為や意識、コミュニティの実態などのソフト面について掘り下げられていないことは物足りない部分である。また、下町的路地に比べて郊外住宅地の路地ならではの特性や価値が見いだされたとは言い難く、結果だけみるとなぜあえて郊外都市を対象にしなければならなかったのか、その意味もやや不明確に感じられる。しかし本論文の背景には、近年所沢の中心市街地において、従来の街区割を統合して大区画化し、超高層のタワーマンションが林立するという、市街地の変貌に対する問題意識が強く存在している。いわば、防災性と経済合理性のみを主軸とし、居住者の生活目線を顧みない都市開発計画に対する批判的研究であると位置づけてみると、あえてこの路地空間に目を向け、そこから何とかして価値を見出そうとした地道な、そしてある意味アグレッシブな姿勢を感じ取ることができるだろう。

 以上より本論文は、ユニークな視点のもと、着実に収集したデータをもとに郊外路地空間の実態を明らかにするとともに、従来的都市計画に対する課題を迫る上での基礎を構築しうる研究であると言え、修士論文に値すると思われる。



2003-2011, Space Design Laboratory, JISSEN Univ.
Status: 2011-03-06更新