2015年度修士論文講評

地域交流コミュニティのしくみづくりの研究
〜ひのプロにおける街と人との関わり方について〜

2015年度修士論文 吉武千晶

 本論文は、産官学が連携して行っている「日野宿通り周辺『賑わいのあるまちづくり』プロジェクト」、通称「ひのプロ」の活動を題材として、そこで行われているさまざまな活動のプロセスを通して、新たなコミュニティのあり方とまちづくりのあり方を見いだそうとする研究である。

 大学・市役所・商店街などの連携によるまちづくり活動の試みは、とりわけ珍しいものではないが、本研究では、そうした異種の組織同士の関わりとしてそれを捉えるのではなく、あくまで一人ひとりの個人の関わり方に焦点を当てている。こうした活動における参加者は、組織の一員として関わっているわけではなく、その専門性を背景としながらも、それぞれがさまざまな思いや志向性を抱え、異なるパーソナリティをもった個人として関わっている。その一人ひとりの異なる思いが少しずつ重なり合い、リンクし合いながら、活動内容も徐々に変容し成長していく。そして価値観の異なる個人がゆるやかに関わっていくからこそ、活動は広がりをもち、意外な成果に結びついていく。著者は自らが実践者としてこの活動に中心的に加わりつつ、同時に観察者として全体を俯瞰する視点をもつことで、「ひのプロ」の必ずしも目的的・効率的とは言えない活動の実態と、だからこそそこから創造される価値について、じっくりと丁寧に描き出すことを試みている。

 これらの分析から著者は、「ひのプロ」の活動にみられる重要な特徴として、「ヒエラルキーがない」「前向きで楽しい雰囲気」「得意なことを持ち寄る」「気の合う人同士で勝手にはじめる」「楽しくて居心地がよい」の5つを見いだしている。これは一見、目的は曖昧で、組織は緩やかで、計画的ではなく、場当たり的にそれぞれの人が勝手に動いているという、ある意味粗雑な運営様態に捉えられる。しかし見方を変えると、これらの要素はすべて、一般的ないわゆる公共/民間セクターでは持ち得ない特徴でもある。すなわち、公共セクターに求められる公平性や平等性、民間セクターに求められる効率性や経済性などに縛られない、自由な組織であり活動形態であることを意味している。その結果、ささやかではあるが、これまでの公共/民間セクターではなし得なかった成果を上げつつあることが示されている。著者はこのような活動様態を「地域交流コミュニティ」と呼んでいる。

 「地域交流コミュニティ」が緩やかな組織でありながらも、形ある活動を可能にしている原動力は、おそらく、構成員一人ひとりの参加の自由度であり、そのときに感じる楽しさや面白さであり、参加者同士に生まれる共感的感情であろう。今までになかったモノ/コトを実現させる達成感や、自分の関わる世界が広がっていく感覚も加わるかもしれない。いずれも参加者が、社会の中でサービスを享受するだけの消費者としての関わりではなく、社会に対して自ら面白がって参画し、提供・発信する側として、いわば社会を構成する主体者として関わっているところに、その特徴をみることができるだろう。そして一見場当たり的に見えるその活動様態も、自分たちが創り上げたいと思う社会のかたちを、まずは自分たちの小さな活動の中で実践し、その価値観を共有する人の輪を少しずつ広げていこうとするプロセスとして捉え直してみると、そこに新たな価値を見いだすこともできるように思われる。

 本研究は、一事例から一般的に有用な知見を抽出する理論化の部分が十分になされておらず、またまちづくり系のさまざまな既往研究に対する位置付けも不明瞭であるなど、学術論文としての未熟さは多分に認められる。しかしながら、まちづくり活動に対して、目的を達成するための機能性や実効性を追求するのではなく、あえて一人ひとりの思いや関わりの次元に分解し、そのランダムな集積として捉え直すというユニークな視点を含むものであり、またその一見迂遠な作業を積み上げることによって、単に活動の内輪事情の描写にとどまらず、個人と地域、個人と社会との関わり方にまで光を当てる可能性をも孕んでいる。その可能性を担保しているのが、著者自身が活動に中心的に参与してきたことで得られた、活動に対する実感的かつ共感的な視点によるものであろう。

 以上より、本研究は修士論文に値すると認められる。



2003-2016, Space Design Laboratory, JISSEN Univ.
Status: 2016-02-24更新