2019年度修士論文講評

建築における問題解決プロセスの可視化とその有用性

2019年度修士論文 吉井麻裕

 本研究は、さまざまな建築/まちづくり等のプロジェクトを対象として、それらプロジェクトの遂行されるプロセスに注目し、そのプロセスを比喩的な表現に置き換えて「可視化」することにより、プロジェクトの評価・分析・解釈に役立てようとする試みである。

 本研究で解読対象とするのは、最終的にデザインされた(建築等の)成果物ではなく、様々なプロジェクトを織り上げていくプロセスそのものである。どんなプロジェクトにも、施主、利用者、施工者、協力者、行政、地域住人など多様な人が関わっており、それぞれの立場に応じた多様な意見・思惑がある。ある問題を解決しようとするには、課題の共有、合意形成、役割分担や協力体制の構築など、多くの人を巻き込む複雑で地道な手続きが必要である。その手続きの進め方を本研究では「コトのデザイン」と呼ぶ。それぞれのプロジェクトは規模も対象も経緯も異なり、それぞれが個別性の強い特殊解である。個別のプロジェクトを追跡する研究は珍しくないが、その唯一性に目が向けられるものが多く、その場合他のプロジェクトへ応用しうる知見を得るのは困難である。

 本研究の大きな特徴は、各プロジェクトにおけるプロセスを比喩を用いて表現(=可視化)することで、個別性の強い「コトのデザイン」を比較可能なものにしているところにある。まず、それぞれのプロジェクトを丹念に分析することにより、それら多様なプロセスに通底する構造を見出し、それを、絡まり合う糸を紡ぎ直すプロセスに読み換え、4段階に構造化している(「からまり表現」と呼ぶ)。この作業によって、プロセスそのものの特性が可視化され、段階ごとの課題を浮かび上がらせることに成功している。

 もう一つ本研究を特徴付ける点として、植物の成長過程が比喩として用いられている。植物は、花が咲いて実がなり、さらに種が収穫され、次の世代へと受け継がれる。種が飛ばされて別の場所で芽吹くこと、それが長い時間をかけて森のように繁殖することもある。そうした特質を、プロジェクトごとの発展過程の多様性の表現に合致させている。さらに植物は、その様々な段階で人が手をかけて世話をすることで、成長様態にも収穫にも大きく影響する。プロジェクトもまた、成果物としての花や実などの「モノのデザイン」のみならず、様々な人を巻き込み、協働で畑を耕し、種をまき、雑草を抜くなど、植物をケアするための「コトのデザイン」を重視することに繋がっている。プロジェクトをどのように育てケアするか、そのための処方箋を見出そうとすれば、そのプロセスを可視化することの有用性が示唆されるだろう。

 この比喩の裏側には、筆者の建築/まちづくりに対する考え方が、意識的/無意識的に込められているように思う。植物にはもともと自生し成長していく力が備わっているように、地域にも自立し発展していく潜在的な力が本来備わっており、その力を見出し、引き出していくことこそが、地域の問題解決を目指す行為に他ならない、とする考え方である。問題を表面的に捉え、対症的にデザインを施すだけでは、結局のところ長続きするものにはなり得ない。その課題に多くの人を巻き込み、絡まる問題をみなで解きほぐし、関わる一人ひとりがプロジェクトをケアすることによって、その成果が次世代に受け継がれたり、他に影響を及ぼしていくような、自律性と繁殖力を有する解決方法に育っていく。そのための「コトのデザイン」にこそ、筆者は建築の専門家としての役割を見出している。またこうした価値観を、プロジェクトに関わる多くの人たちと、利害関係を越えて議論し共有するためのツールとしても、その有用性を期待している。

 本研究は、現段階では仮説の提示にとどまるものであり、その効果や有用性が実証的に検証されているわけではない。実用性という面では、まだその試みは緒に就いたばかりと言えるだろう。そこは今後、筆者自身が実務の中で検証し、ブラッシュアップさせていくことが期待されるところである。何よりも、問題提起の明確さと、ユニークな表現に落とし込む丹念な努力によって、建築/まちづくりプロジェクトに新たな視点と価値をもたらす可能性に開かれた、オリジナリティの高い研究であると言える。

 以上より、本研究は修士論文に値すると認められる。



2003-2020, Space Design Laboratory, JISSEN Univ.
Status: 2020-02-22更新