2021年度修士論文講評

建築をつくるプロセスにおける学びに関する研究
―「子ども建築塾」のTAと子どもの協働に着目して―

2021年度修士論文 小川華步

 本研究は、建築家伊東豊雄が主催する「子ども建築塾」に注目し、その塾のプログラムにおける「建築をつくる」ことを通して、こどもたちが何をどのように学んでいるのか、そのプロセスを明らかにしようとするものである。ただしここでは、与えられた条件の中で建築としてのかたちを作り出そうとするプロセスにおいて、こどもたちが建築の知識や技術を学ぶだけでなく、より広い意味での「学び」を獲得するのではないか、という仮説のもと、その可能性を質的に検証することを試みている。その際、講師とこども、という関係の間に、TA(ティーチングアシスタント)という存在が介在することにより、協働によって促進され発展する「学び」の質を抽出しようとする。「建築をつくること」を通した教育の質、学びの質を一般化しようとするところに、本研究の大きな目的がある。

 その背景には、近年教育現場に求められる教育の質の変化がある。これからの、より流動的で複雑かつ予測困難な時代/社会において、固定化した知識や技術を学ぶのではなく、自ら社会を切り開くようなスキルを身に付ける必要があるとして、国際団体ACT21sは「21世紀型スキル」を提唱する。そこでは、思考の方法として、創造性とイノベーション、クリティカルシンキング、問題解決、学び方の学習などが、仕事の方法としてコミュニケーションやコラボレーションの重要性が掲げられている。そうした力は従来型の一方向的一斉授業形式では身につかないとして、教育現場でアクティブラーニングやPBLが叫ばれるようになって久しい。しかし、形ばかりの議論やプレゼンテーションを授業に持ち込んだところで、創造性や問題解決能力を身に付けることは難しい。著者の大きな問題意識は、こどもがそのようなスキルを学ぶ上で、建築に代表されるデザイン教育を体験することの有効性/重要性を導き出そうとするところにある。

 本研究では、「建築塾」のプログラムの中で、TAによって記録された「受講記録」を主な分析対象として、質的にかなりばらつきの大きいコメントを一つ一つていねいに読み解き、そこから学びのプロセスの構造化を試みている。その結果、「建築をつくる」プロセスにおいて、5つの重要なステップを見出している。Researchは、前提条件となる客観的な知識を学んだり、現場を調査して現状を把握する。自然について、環境について、社会について、さまざまな手段で幅広く学んでいる。Frameでは、そうした知識をまとめ、設計条件としての大枠を設定する。次に、アイデアとして発展させる段階がGenerateとなる。何度も試行錯誤しながら、機能としてのアイデア、形態としてのアイデア、構造としてのアイデアを形にしていく段階である。しかしいったん形にしたところで、別の視点からの捉え直しが行われ、前のステップへの行き来が繰り返される。このReframeとGenerateの反芻が作品を精緻化させる上で不可欠である。最後にPresentationとして、自分の作品を人に効果的に伝えるための方法が検討される。そこには、これまでのプロセスを総括することが含まれる。

 次に、TAが自らのこどもに対する関わりを記録した「TA記録」から、こどもが上記プロセスを進めていく上で、TAの介在が重要な意味をもつことが示された。TAは、こどもの解答を導く教育者の立場ではなく、また精神的サポート・技術的サポートを行うだけでもない。こどもと一緒に考え、こどもが自ら方向性を見出す上での伴走者として関わっている。Researchの方法をサジェスチョンしたり、実際に現地を体験し、言語化することでFramingを深める。対話を通してこどもがGenerateしたアイデアに、別の視点を与えてReframeを促す。有効なPresentationの方法を一緒に考える。TAとの協働が、問題解決に向けてGenerateとReframeのサイクルを深めていき、こどもの学びの幅を広げているのである。

 最後に、「建築をつくる」プロセスをTAと協働で体験することは、21世紀スキルと通底するさまざまな学びに結びついていることが示される。Researchを通して客観的事実を捉えること、その事実から論理的に思考を進めていくという、思考の客観性・論理性の重視。自らの取組みが周辺の環境や社会に与える影響に対する配慮。多様な内的・外的状況を整理し、そこにある課題を発見する能力。物事を一面的だけでなく、新しい視野から多面的に捉えようとする態度。自らの設計によって新たな価値を創造し、問題を解決することができるというマインドセット。そして協働で課題に取り組み、その成果を他者に伝えられるコミュニケーション力。本研究の成果は、こうした創造性と社会性を育む上で、「建築をつくる」プロセスから学ぶことの可能性と有効性を示唆するものと言える。

 研究手法として用いた質的分析の手法については、かなり主観に頼るところが多く、恣意的な解釈と思える部分も散見される。分析対象としたコメントの量的にも、十分に客観性を保ち得ているかという疑問も残る。その意味で、実証的な研究というよりは、限られた事例からの仮説の提示に重きが置かれた研究である。しかし曖昧に語られがちな創造性の学びのプロセスに、仮説としてのモデルに形を与え可視化したことの異議は大きい。「子ども建築塾」という事例研究を超えて、広く一般化しうる成果に近づけるものとなったのではないか。今後よりいっそうの検証を進め、モデルが精緻化されていくことで、教育・心理分野への応用も十分期待できると考えられる。

 以上より、本研究は修士論文に十分値すると認められる。



2003-2022, Space Design Laboratory, JISSEN Univ.
Status: 2022-02-22更新