2023年度修士論文講評

現代の子育て世帯の人付き合いと外出の実態
〜人付き合いと外出を促すパタンの作成〜

2023年度修士論文 細淵みつき

 母親を取り巻く現代の子育て環境の劣悪さは語られて久しい。古くは核家族化の進行、コミュニティの衰退により、身近に育児を手助けしてくれる人が減少している。経済的にも共働き家庭が増え、夫の多忙さや無理解によるワンオペ育児の問題も顕在化している。行政による支援の乏しさ、職場の無理解も根強く、その一方で社会全体の自己責任論が強まり、子供連れに対する世間の目も厳しい状況と言える。育児に対する不安やストレスを抱え、誰にも相談できない孤独感に苛まれる母親は少なくない。SNSの普及により、コミュニケーションの幅は広がったものの、これらの問題を解消するツールとしては不十分であろう。

 そのような社会的背景に対して、本研究では、当事者としての経験・問題意識から、地域環境の重要性や可能性に視点を向けようとするところに特徴がある。外出によるストレス解消、刺激、出会いを促し、地域におけるコミュニケーションによる不安解消、育児相談や相互扶助など、地域資源を活用することで、現代の母親に偏在する育児負荷の軽減を目指している。そのため、地域への外出やそこでの人付き合いの現状および個人的な背景を知るとともに、そうした現状を踏まえて、外出や人付き合いを促すためのツールとして、パタン・ランゲージの開発を目指した研究となっている。

 研究の前半では、地域の子育て中の母親を対象としたインタビュー・アンケート結果を統計的に解析した結果、母親を取り巻く社会的環境や、地域環境との関わり方から、特徴の異なる複数のグルーピングを見出している。そこから見えてくる最大の課題は、不安やストレス対処のための地域資源の活用(外出・コミュニケーション・相互扶助)を最も必要とする層(実家の助けも得られず、自分も働きながら、ワンオペ育児に追われる層)こそが、自分をサポートしてくれる社会資源(夫、実家等によるサポート)の少なさ故に、地域資源にアクセスする余裕や機会が乏しく、その活用が難しくなっている、という現状である。

 それは、単にサービスや施設を充実するだけでは、そこにアクセスする機会や情報、あるいはアクセスするための余裕がないことから、それらを最も必要とする層に届きにくいことを示唆する。こうした実状は、本来多様な子育て世帯を「子育て層」として一括りに捉えようとしてしまうと、見逃しやすい視点と言える。また、今回の調査対象者は、それでも比較的余力のある世帯であることを勘案すると、シングルマザーや貧困世帯など、より厳しい環境に置かれた母親ほど、地域資源にアクセス困難な状況がさらにいっそう増幅される可能性があるだろう。

 そのような現状に対し、おそらく地域における新たな公助・共助の仕組みづくりが求められるはずである。それは、サービスや施設の充実という量的なものだけでなく、それぞれの人の実状やニーズに沿ったものである必要があり、日常の中で地域資源を利用・活用しやすいものである必要がある。さらに、地域環境の価値に気づいていない人にも、その重要性が伝わるような取り組みが求められる。

 そこで後半では、慶応大学井庭研究室の開発したパタン・ランゲージの手法を用いて、地域への外出、地域での人付き合いを促すための状況や仕組みを整理し、可視化して提示することを試みている。子育て中の母親へのインタビューを通してブラッシュアップを繰り返し、その結果、22のパタンが見出された。これらのパタンは、対象者のニーズが集約されたところに意味があるだけでなく、そのパタン作成プロセス自体が、コミュニケーションの中から、自分たちのニーズや地域環境の価値に対する気付きをもたらすものとして用いられている。すなわち、コミュニケーションツールとしての有用性が見出されたと言える。

 ただし現状では、研究論文としての課題も少なくない。導出されたパタンが、実際に子育て中の母親の外出やコミュニケーション促進のために、どのように活用しうるのか、その具体的方法論や有用性については実証されていない段階である。また、自分の求める状況、それを生み出す環境的なしかけ、制度的なサポートなど、異なるレベルのパタンが混在している段階であり、実際に活用しうるものにするためには、それらの関係性まで含めて整理・構造化して「ランゲージ」にしていく必要があるだろう。

 そのような今後に向けての期待を含んだ上で、本研究は、何より当事者としての問題意識から始まった研究であり、同じ立場の当事者の声を積み重ね、丹念に分析し、仮説的ながらも提案に結びつけたことは評価に値すると言え、修士論文として認められる。



2003-2024, Space Design Laboratory, JISSEN Univ.
Status: 2024-02-20更新