2023年度修士論文講評

まちの居場所から生まれる地域愛着

2023年度修士論文 渡邊 真穏

「まちづくり」という概念は、主体や文脈によって多様な意味で用いられる。都市計画に基づく都市の建設・改修、スラムクリアランスによる再開発事業など、大規模にハードを整備しようとする「まちづくり」は、市民の意向が必ずしも反映されるものではない。これに対抗するように、住民参加によって草の根的にまちづくり活動を重ねていくボトムアップな「まちづくり」が注目を浴びるようになった。「まちづくり活動」を通して地域に対する愛着を高め、自分ごととしてまちの課題を捉え、まちづくりの主体としての意識を高め、活動の主体となっていくことが期待されている。しかしながら、そうした活動にボランティアとして参加する人は一部の住人や専門家に限られ、多くの住人にとって参加のハードルが高く感じられるという問題も指摘される。

 他方、地域への愛着は従来、居住歴の長さを基準とし、地域コミュニティへの浸透性や、地域の伝統・文化・慣習などへの同化性、地域環境に対する依存性などによって判断されてきた。自分たちの住むまちをより良いものにしたいという意識は、地域愛着と深く関わっている。しかしながら、地域コミュニティそのものが衰退が言われて久しく、地域の画一化も進み、住人の流動性も高まる現在、地域に対する特別の思いを醸成する契機は既存のまちの中から減少している。

 そういう背景に対して、本研究では、「まちの居場所」に目を向けて、市民主体のまちづくりの新たな可能性について注目する。「まちの居場所」という概念は、一般的にはサードプレイスという概念と重なりやすいが、まちの中にあっていつでも気軽に訪れることができ、そこで自由に過ごしたりコミュニケーションをとることで、生活が少し豊かになるような場所であり、自分の居場所のように感じられる場所のことである。コミュニティカフェに代表される「まちの居場所」の多くは、営利目的の場所ではなく、また行政や専門家主導で設置されたものでもなく、このような場所の必要性に気づいた人(地域住人)が自ら立ち上げたものであるところに特徴がある。

 本研究は、地域に対する意識の高い一部の人だけでなく、誰でも気軽に訪れられる「まちの居場所」こそが、そこに集う人の地域愛着醸成の新しい契機・拠点となりうるのではないか、そしてその利用者がまちづくりの主体として成長するきっかけになるのではないか、という仮説をもとに調査に着手している。「地域」「まち」という漠然とした広がりをもつ空間領域に対する愛着が自然と醸成されるのではなく、地域の中にあるさまざまな拠点において、日常の生活が展開し、非日常の活動に参加し、その場に居合わせる地域の人とその体験を共有し、コミュニケーションをすることで、地域への愛着が培われ「地域」「まち」へと浸みだしていく、そのような地域愛着の形成モデルを仮説としている。

 具体的には、まず一次調査として、「まちの居場所」として機能していると思われるコミュニティカフェを抽出し、11の評価軸に基づくマトリクス評価を行っている。文献やインターネット上の記事を調べ、それぞれのカフェの概要や特徴について整理した上で、実際にカフェを訪れて立地や環境を確認し、地域との密着度や影響力に対する自分なりの評価を行っている。その評価をもとに二次調査対象を3ヶ所選定し、オーナーやスタッフ、来客等へのヒアリング調査を行っている。

 二次調査の結果から、対象とした3つのカフェは、それぞれ異なるバックグラウンドをもちながら、共通点として、地域に対する問題意識をもったオーナーが「まちの居場所」となりうるカフェをオープンし、地域のコミュニケーションの核となるとともに、外部の人を巻き込んだ多様な活動の場としても、文化の発信拠点としても機能していることが見出された。そこを訪れる人たちにとって、その場は、豊かなコミュニケーションがとれる場、さまざまな文化に触れる場として、その場所のファンになるとともに、次第に自分たちも地域に対して発信する側、参画する側へと変わっていく状況が描かれている。これらのコミュニティカフェを契機として、地域に対する愛着、すなわち主体的な「シビックプライド」が醸成される場となっている可能性が示唆されている。実際にこのカフェの活動を通して、地域の環境が少しずつ改善され、人々のまちに対する意識や活動が促され、活性化につながる変化を引き起こしていることが認められる。

 本研究の成果は、定性的なデータから仮設的なモデルを提示するに留まり、必ずしも定量的/分析的に実証されているものではない。主にオーナーやスタッフに対するヒアリングが中心で、来客に対するヒアリングや、周辺地域に対する調査などは十分とは言いがたい。しかしながら、その役割が求心的に捉えられることの多い「まちの居場所」を、地域に対する影響をもたらす遠心的な視点で捉えようとする点がユニークであり、さらに、「まちの居場所」を介して、人々が義務感からではなく、日常的な楽しさ、面白さから参画していくような、新しいまちづくりの契機となる可能性を見出したことは、重要な示唆に富んだ研究と言える。

 以上より、本研究は修士論文に値すると認められる。



2003-2024, Space Design Laboratory, JISSEN Univ.
Status: 2024-02-20更新