tachi's COLUMN

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沢田マンションについて(2006.09.29)

 沢田マンションの見学は、今回の高知合宿の一つの大きな目玉でした。そして、実際に直接見ることができ、本当に面白かったし、いろいろな意味で勉強になりました。まずは、見た目の面白さというか、ふつうのマンションらしからぬ外観や内部の雰囲気に圧倒されます。マンション全体を覆う緑の多さ。外部を巡るスロープや迷路のような廊下。住戸の開放性や、まるで庭のような外部空間。各住戸の個性的な表出。そして手作りとは思えない構造体や重機類の力強さ。さらに、中に通してもらった最上階の部屋の居心地の良さも存分に感じることができました。しかしそうした表面的な面白さだけでなく、どうしてこんなマンションが実現したのか、この環境をどうやって維持管理しているのか、という部分に思いを巡らすと、このマンションの意味がより深く理解できるように思います。

人と環境とのコラボレーション

 沢田マンションの最も特徴的なことは恐らく、その創られたプロセスにあります。なんと言っても沢田さん一家の手作りであるということ。基礎・躯体から内部の設えに至るまで、すべて自分たちでゼロから造り上げた驚異の建物です。それは沢田さんも述べていましたが、「とにかくやる」という情熱抜きにはありえませんし、その熱い思いのまさに結実した環境であることが伝わってきます。

 そしてこの建物は完成時の設計図に基づいて一気に造られたものではなく、沢田さん一家の情熱と技術、その時々のさまざまな状況に対応しながら、長年かけて創り上げられてきたものです。それは今も完成したわけではなく、沢田さんたちと住民たちのさまざまな要望によって、現在も変化し続けており、つねに創り出され続けている環境です。

 新しく入居する人がいれば、その人の要望に応えるよう、無料で改修を加えています。採算度外視と言ってもいい。このマンション管理のあり方は、効率とか採算などといった世間的な価値観では理解しづらいかもしれませんが、それよりもこのマンションの環境を生き生きと創り上げ、息づいたものにすることにこそ、大きな価値観を置いているものだと思います。こうした、人と環境との相互作用・コラボレーションによる環境であることが、まさに息づいている環境として、その魅力を示しているのではないでしょうか。

人が建物を造り、建物も人を創る

 そしてこのマンションの魅力は、沢田さん一家の熱い思いだけでなく、住人たちとの社会的な関係によっても支えられています。隣同士どんな人が住んでいるかも知らず、一戸一戸が鉄の扉で閉ざされた閉鎖的な関係に暮らしている通常のマンションとは全く異なる社会的関係が形成されています。

 他者との日常的なオープンな関係のなかでこそ、楽しい住まいが実現できる、そんな沢田さんの思いに共鳴して、そんな生活を目指した人たちが集まって住んでいる、という側面があります。しかし、そうした関係を豊かに支えるマンションの環境があることも重要です。扉で閉ざすのではなく、むしろガラス戸で開いていく。住戸の両面にバルコニーでも共用廊下でもある空間が取り巻いており、そこでは他の住人といつでも出会いがあり、またすぐに他の部屋と行き来することもできる。こうした環境が人と人とのオープンな関係をはぐくみ、またそうした関係が成り立っているからこそ、このマンションの環境が大きな役割を果たしていると言えます。

 沢田マンションのオープンな環境が、住み手同士のオープンな関係を強制しているわけではない。むしろこの環境の中で、住み手自身がオープンな関係にあることの楽しさ、心地よさに気づいていく。沢田さんも述べていたように、この建物は沢田さん一家によって造られたものですが、環境が住み手の意識やライフスタイルに影響を与えることで、建物もまた人を創っている、そんなマンションであるようでした。

住まいとしてのインフラの質の高さ

 それぞれの住戸には絶えず変更が加えられ変化し続けているにもかかわらず、沢田マンションそのものが大きく変容しているわけではなく、建物としても、内部の住人同士の関係としても、沢田マンションの魅力は維持されています。これは実は凄いことで、おそらく沢田マンションの基本的な骨格部分が、ある種の哲学によってきちんと考えられた上で造られていることが大きい気がします。

 人と人との出会いを誘発する共用廊下、1階から6階までの連続性を高めるスロープ、廊下と住戸の関係を開いていく開口部、不思議な魅力をたたえる地下空間など、マンションの魅力と直結する環境の部分は、自然発生的に出来上がってきたものではなく、当初から意図的に造られ維持され続けている。その部分がしっかりと支えられているからこそ、各住戸にさまざまな変化が加えられたとしても、マンション全体の魅力が変わらずに維持されているのでしょう。こうのような、時間や状況による変化を前提としながらも、基本部分に変わらずにあってマンションの魅力を支え続ける環境の質は、住まいとしてのインフラとも言えるでしょう。この、意図されて造られたインフラの質の高さというものは、沢田マンションの話に限られるのではなく、まったく雰囲気の異なる空間/環境を創り出そうという場合であっても、参考にすべきものではないかと思います。

場所性とその変容

 今回、沢田マンションを見学して感じた唯一最大の違和感は、沢田マンションを取り巻く周囲の環境にありました。最初外観をみたときにも、そして建物内の魅力に触れているときも、ヤマダ電機をはじめとする大型量販店に囲まれ、車通りの多いロケーションは、どう考えてもしっくりとこない。これだけの建物を造ろうとする人が、建物の場所性に無頓着なはずはない、という気がどうしてもしたからです。

 やはり聞いてみると、これは近年の急激な変化に巻き込まれしまった、というのが実情でした。マンションが建った当時は、周囲に他に建物も少なく、とくに高層の建物などはまったくない状態で、高知の駅の側からみると、丘のふもとに忽然と白い姿を現していたようです。マンションの最上階からは、真正面に高知の城を望み、遠く海まで見晴らせたと言います。そう、この建物はまさにそうしたロケーションこそふさわしいと感じます。その話を聞いてからあらためて外に目をやると、目の前をふさいでいるヤマダ電機などよりも、むしろ隠されて見えなくなった城や海のほうがリアルな姿として、ありありと見えてくるような気がしました。


2006, Space Design Laboratory, JISSEN Univ.