tachi's COLUMN

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高知の建築2題(2007.04.06)

2006年度のゼミ合宿は、高知という場所を選択しました。一番の目的は、前項にある沢田マンションを見に行きたかったことですが、他にもいろいろと見た中で良かったと思う2つの建物についての印象を書いてみました。(ゼミ生向けに書いた文章まま。)

牧野富太郎記念館

 まずは、内藤廣設計の牧野富太郎記念館。五台山の上に位置し、当然観光ルートに乗っていると思いきや、平日にはバス便もなくなるという不便さ。ふもとから歩いたらけっこう大変だし、結局タクシーで行くしかないような場所で、観光地としてはいい場所に建っているとは言い難い。ただし、植物学者である牧野富太郎ゆかりの植物園を併設しており、おそらくこの場所にあることがことさら重要な意味をもつ建物である。

 この記念館の設計のプロセスをみると、五台山のこの敷地にどうやって違和感なく溶け込ませることができるのか、ことさら建築物としての主張をすることなく、それでいて独特でかつ落ち着いた内部空間をつくるのか、というところに心を砕いていた様子が分かる。建物自体はそれなりにボリュームのある内部空間を必要とし、そこには中庭まで抱え込んでいながら、地形に合わせた建物にすべく、一見シンプルに見えながら、実は非常に複雑な形態をした大屋根をデザインしているようである。

 実際に中に踏み込んでみると、実にマジメに実直に空間を創り出そうとしていることを感じる。プランとして見ると、丸い中庭を取り囲んで展示空間が配置されている、というシンプルなもの。写真を見てみても、丸い中庭を屋根が取り巻いている、落ち着いた感じだがとりたてて特徴のない空間に思えてしまい、正直それほど多くの期待をせずに訪れたというのが実情である。でも実際に建物を訪れ、一歩足を中に踏み入れてみると、外からは想像のつかない大空間が広がり、鉄骨と集成材による構造が空間を彩り、圧倒されつつも何とも落ち着いた空間となっていることに驚かされた。はやりのデザイン要素や素材を取り入れたり、プランニングに凝ってみたりということはなく、いかに空間をしっかりと丈夫に、と同時に整然と美しく、さらに素材感に裏打ちされた確かな手応えのあるものとして創りだすか、ということに力を注ぎ込んでいることを覗わせるものであった。

 内藤廣という人は、デザイン力によって何かこれまでにない新しい建築を創り出そうとするのではなく、自分の理論や思想の表現としての建築でもなく、あくまで空間を包み込むものとしての建築をていねいにしっかりと創り上げていこうと考えているのだろう。場所性にこだわり、周囲との調和にこだわり、素材にこだわり、構造体としての建築にこだわりながら、その場所ならではの建築物を追求してゆく。この記念館は、そのようにして出来あがった、強烈に自己主張するわけではないのに確かな存在感をもつ建築であるように感じた。

アンパンマンミュージアム

 古谷誠章設計のアンパンマンミュージアム。高知市内からかなり山中に入り込んだ山あいの小さな町を見下ろすように建っているのは、やなせたかしの出身地を山の向こうに見晴らすことができる、というロケーションによるらしい。外から見ると立方体に近い四角い建物で、前面は大きなガラスで覆われているが、とくに際立った特徴が目に飛び込んでくるわけではない。ただ緑の山をバックにした建物の佇まいは、不思議とその場への収まりがよい。(隣の怪しげなホテルの外観は如何ともしがたいが。。。)

 入口を入ると、そこは吹き抜けの大空間。外から見たコンパクトなミュージアムの規模から思うと、これでほぼ全貌が見えてしまったような気に一瞬なる。しかしそこから階段を上がっていくと、思いもよらなかった通路が続いていたり、同じ空間に対してまったく違う視点を与えてみたり、さまざまな空間体験を与えてくれるさまざまな仕掛けが巧みにデザインされている。アンパンマンミュージアムに訪れるであろう子供の視点からの仕掛けがふんだんに取り入れられ、そうした面白さも満喫させてくれるのだが、それ以上に、このコンパクトな建物の中に仕込まれた多様な空間の豊かさに驚かされた。プランを見ると、それほど複雑な操作を行っているわけではなく、ちょっとしたずらしやちょっとした視点の取り入れが実に効果を発揮しているわけで、やはりそこは建築家の力量を感じざるを得ない。

 基本的な空間構成のシンプルさは、このコンパクトな建物内でいろんな体験をしつつも、ちょっと移動すればまたもとのエントランスの大ホールに戻ることができ、訪れた人に安心感とアットホームさを与えることに成功しているように思う。はるばる遠くまで訪れたのにあっさり見終わってがっかりするのでもなく、ちょっとした空間を冒険してみつつも、深みに迷い込んでしまって疲れ果ててしまうことなく、一体感のある空間のなかで安心していられるような、絶妙のバランス感が心地よい空間だった。

 そして、訪れた日の天気の良さ(とくにそれまでの雨模様から一転しての絶好の天気だったこと)も印象をよくしている可能性があるが、やはりこの場所にあることが大事なんだな、という「場所性」を感じる建物である。高知市内から車で1時間くらいかかる不便な場所に建っているが、そうやって訪れてみて建物と展示物を体験してみると、このミュージアムはこの場所にしかありえない、この場所にあってこそのアンパンマンミュージアムなんだという思いを強くする、何だかそんな建物だったように思う。


2007, Space Design Laboratory, JISSEN Univ.