tachi's COLUMN

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佐賀のまちに見るリノベーション(2018.03.02)

 3年ゼミ生全員引き連れて、夏合宿から5ヶ月経ち、再度の佐賀訪問を果たした。これまで何の縁もなかった佐賀に半年のあいだに二度も訪れる機会があったというのも、不思議な縁である。秋の常磐祭で、佐賀におけるリノベーション事例をテーマとして、呉服元町商店街およびわいわいコンテナ2、柳町旧久富家住宅、武雄市図書館、の3つ(模型は5つ)を作成して展示していたところ、わいわいコンテナを手がけたワークビジョンズの田村さんにご覧いただき、これは佐賀の人にも見てほしい!ということで、佐賀での展示会を行うことが決定した。卒業研究も一段落した2月末に佐賀に赴いた次第である。

 最初はわいわいコンテナで展示しようという話になっていたが、3月から始まる「さが幕末維新博覧会」において向かいの旧佐賀銀行の建物を「オランダハウス」として改修するのに合わせ、わいわいコンテナも別の形で使用されることになり、改修が施されている最中だった。近くの656広場の向かいに芝生の広場があって、最近その場所に市民有志によるコンテナが設置されたということで、そのコンテナを使って展示をすることになった。656広場とは、まちなかにある屋根付きの屋外イベントスペースで、音楽やダンス、トークショーや大道芸など、さまざまなイベントが高頻度で行われている。656広場でイベントがあれば人も集まるので、その人たちにも見てもらいやすいロケーションである。

 前回の合宿の際には、通り一遍に足早に通過してしまったところがあるが、今回、展示会場となった広場で、定点観測的にまちの様子に触れることができた。またワークビジョンズのスタッフの方に案内されて、新しい取り組みを見学させてもらい、話を聞くことができた。そこで感じた佐賀のまちの魅力のようなものについて考えてみたい。

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 わいわいコンテナというプロジェクトは、シャッターの降りた店舗と駐車場だらけになり、人通りの乏しくなってしまったアーケード商店街をなんとか再活性化しようとする取り組みである。それは、とにかく客を集めて経済効果を高めるようなものではなく、とにかく人をまちに呼び戻そうとする試みであった。古びたアーケードは取り払い、空き地を借り受け、市民に声をかけてみんなでそこに芝生を植えてみる。するとそこは殺風景な駐車場ではなく、人が立ち寄りたくなる広場になる。もっとそこに人が訪れたり、過ごしたくなる仕掛けとして、広場にコンテナを設置して、本棚に本を置いて、ミニ図書館のような場所をつくってみる。そうした一連の取り組みの仕掛け人が、ワークビジョンズである。

 いつでもふらりと訪れられ、のんびりと過ごすことができる広場、それも自分たちの手でつくった広場がまちなかにできたことで、実際にまちの中を歩く人が少しずつ増えてきた。また、通り沿いに飲食店やカフェをオープンしたり、古い建物をアートスペースとしても使える空間に改修するなど、ワークビジョンズが中心となって新しい試みをどんどん仕掛けていく。市役所の職員、商店主、アーチストや起業家、さまざまな人を巻き込んで、こうした取り組みをまちに定着させていく。まちに少しずつ魅力が足されるにつれ、より多くの人がまちに引き寄せられ、新しい試みに結びついている。この数年のあいだに、まちを歩く人は確実に増えているという。

 実際にまちの様子を見ていると、イベントの時期と重なっていたこともあってかもしれないが、まちの中を多くの人が歩いていた。若者もいれば、お年寄りもいる。おじさんやおばさんも歩いている。小さいこどもを連れた家族連れの姿はとりわけ多く見ることができた。単に人でごった返しているだけの雑踏ではない。ゆったりとした雰囲気のなか、それぞれ顔が分かるような密度と距離感で、一人ひとりちゃんと固有名詞をもった存在として、そこに来ているように思われた。ある人はイベントに顔を出し、ある人はベンチに腰掛け、ある人は知り合いと会って挨拶したり、立ち話が始まる。小さいこどもたちは広場を走り回ったり、顔出しパネルから顔を覗かせる。中には模型を見てくれる人もいる。目的地に向かって急いでいる人もいたかもしれないが、それよりも、まちをぶらぶら歩くことを楽しんでいる人の姿が多かったように思う。

 まちは、特定の決まった人だけではなく、多様な人が居合わせる場所になっており、思いかけずばったりと出会う可能性がある、パブリックな空間である。また、みんなが一つの目的に向かって集まっていたり、型にはまったイベントに参加しているわけでもなく、とくに「これ」という明確な目的なしにいる、という意味で、インフォーマルな場である。そこにいる人々の振る舞いも、堅苦しさのないインフォーマルなもので、他者に対して閉じるのではなく、何となく開いている、誰かと出会えばいつでも関わる用意ができている、いわばオープンでパブリックな振る舞いのように見える。

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 「サード・プレイス」の概念を提唱したオールデンバーグは、このようなインフォーマル・パブリック・ライフを取り戻すことの重要性を盛んに強調している。おそらくかつては、地元の商店街、近所の街角など、さまざまな場所に存在したインフォーマル・パブリック・ライフは、自動車優先のまちになり、大規模店舗やロードサイドショップが隆盛になり、商店街がシャッター街化していくにつれ、まちの中から薄れていった。人がぶらぶらと出歩かなくなるとともにインフォーマル・パブリック・ライフは弱体化し、同時に、インフォーマル・パブリック・ライフの消失は人々がまちをぶらぶらするきっかけや動機を奪っていったように思う。

 いったん失われたこうした価値を取り戻すことはなかなか難しい。というのも、人々がより利便性と快適性を求め、それに応えるかたちでまちが変容するサイクルのなかで、こうした変化が起きているためである。しかし佐賀の呉服元町の取り組みは、ほんの数年にわたる試みであるのにかかわらず、少しずつ人々のインフォーマル・パブリック・ライフを取り戻すことに(今のところ)成功しているように思われる。まだまだかつての賑わいには及ばず、多くの課題も抱えているだろうものの、まちの人の表情や仕草をみると、ゆったりとまちをぶらぶらすることの楽しさにどうやら気付き始めている。まち全体をクリアランスするような大げさなコンストラクションではなく、広場づくりという誰でも手の届くような取り組みから、新しいサイクルを回すことができているとすると、その小さな取り組みに潜む大きな価値を見出すことができるだろう。

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 こうした取り組みにおいて、まち環境に組み込まれたデザインは大きな意味をもつ。駐車場で虫食いだらけになった商店街は殺風景で寂しい。シャッターの降りたままの店舗が並んでいるのは取り残された感覚に襲われる。しかし「活用」のためだけに建て替えられたとしても、規模が大きく閉鎖的なビルやマンションになってしまうと、それによってもまちの雰囲気は壊れていく。いずれにしても人の気配を感じさせないためだろう。シャッターの降りた建物をリノベーションし、まちの人が立ち寄れるカフェとすることで、実際に立ち寄ることの出来るスポットが生まれただけでなく、そこに顔の見える主人が常駐し、まちに向けた視線が生まれ、人の気配を感じられる通りになる。駐車場だった空き地を広場にリノベーションすることで、人が立ち止まり、腰掛け、人の存在を感じることができ、コミュニケーションのきっかけとなる。その広場づくりには多くの市民が携わっており、自分が手がけたパブリックな場所がそこにある、ということが、なおさらその広場に対する愛着を増していくのだろう。

 わいわいコンテナは、その広場づくりの一環として、広場を訪れた人の滞留場所としてコンテナを設置したものだが、ただ何となくコンテナを配置しているわけではどうやらない。コンテナが外からどのように見えるのか、人が外からどのように敷地に誘い込まれるのか、コンテナの中と外でどんな過ごし方ができるのか、コンテナにスムーズに入りやすくするために室内と室外をどのように繋げるのか、そうしたことを綿密に考えてデザインされているように思う。そのことは、今回の展示で656広場の隣に急遽設置されたコンテナを使わせていただいたことで、逆にわいわいコンテナのデザインの質を感じることができた。新しいコンテナは、たぶん似せて作ろうと思ったものだろうが、やはり中にいると外の広場とは切り離された感じがしたし、広場からスムーズにコンテナの室内に人が流れるようにはデザインされていない。当然といえば当然のことではあるが、単に人の集える場を設ければいいわけではなく、人のさまざまな振る舞い、居方を喚起させるようなデザインを施すことの重要性は、あらためて指摘できるだろう。

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 ワークビジョンズはまだまだまちに対してさまざまに仕掛けを施そうとしている。しばらく空きビルだった建物を活用した「オン・ザ・ルーフ」は、カフェとスタジオとシェアオフィスとし、まちに関心のある人の新しい拠点をつくり出そうとしている。洋館建築の旧佐賀銀行は、「オランダハウス」として改修し、オランダのアーティストが常駐して制作・展示を行うアート・イン・レジデンスの拠点として活用される。より多様な人をまちの中に取り込み、まちの人とともに巻き込んでいくことで、新しい化学反応を起こそうとしているようである。まちという日常の中に非日常が組み込まれ、そこに新しい物語と新しい生活のシーンが生まれるかもしれない。

 リノベーションという言葉は、単なる改修・リフォームのことではなく、改変しそこに新しい価値を生み出すことなのである。


2018, Space Design Laboratory, JISSEN Univ.