実践女子大学香雪記念資料館は、平成11年(1999)5月に東京都日野市大坂上にある実践女子大学構内に設置されました。設置当初の館名は実践女子学園香雪記念資料館でしたが、平成28年(2016)4月より実践女子大学の付置となり、名称変更いたしました。館名の「香雪」は学祖下田歌子の号に由来します。
香雪記念資料館に先立つ本学の展示施設は、昭和55年(1980)10月に渋谷校舎の一室を改修して美術資料展示室が造られたことに遡ります。昭和60年(1985)、大学の日野校地移転に際して、本館内に日本・東洋美術展示室が設けられ、展示や博物館実習に活用されました。本格的な博物館相当施設を目指し、香雪記念資料館が立ち上げられたのは、平成11年(1999)、学園創立100周年記念事業の一環としてです。
平成26年(2014)4月より、大学の二校地化に伴い、香雪記念資料館も渋谷校地に移転し、展示施設として計画された新たな施設で、より作品を身近にご鑑賞いただけるようになりました。
実践女子大学では、学祖下田歌子の生前より、女性の文化活動を顕彰する様々な啓蒙的展覧会を重ねてきました。開催してきた展覧会は、年表をご覧になればわかるように周年事業の一環として非常に重要な意味をもっていました。特に、昭和34年(1959)の創立60周年には、「近代女性文化発展資料展」と題した展覧会が、東急東横の画廊と渋谷校舎を使って開催され、東横会場では「現代女流画家展」、渋谷校舎の会場では「近代の女性の歩み」と題した展示が行われています。目録前文には「女性の向上発展或いは女性観の啓蒙に寄与した先覚者を回想して近代女性の歩んだ跡を尋ねて見たいと思う。」とする展覧会趣旨が記されています。さらに、昭和44年(1969)、創立70周年記念展、昭和54年(1979)、創立80周年記念展、平成元年(1989)、創立90周年記念展、平成11年(1999)の100周年では下田歌子と実践女子学園100年のあゆみが顕彰されています。
香雪記念資料館では、これまでの歴史と経緯を踏まえ、学祖下田歌子の資料展示をはじめ、女性画家の作品展、女性の文化活動を紹介する展覧会、学内の様々な専門分野に関係する展示などを数多く開催してきました。また、学生、卒業生の作品展等の会場としても利用されています。
女性への啓蒙活動の一環として、下田歌子は、歴史上で活躍した様々な分野の女性たちを、著書や女性雑誌で紹介し、顕彰に努めました。中でも、近世以降に活躍した女性画家を、積極的に取り上げていることが注目されます。
江戸時代には多くの女性画家が活躍していました。しかし、明治の近代化以降、美術史の検証は男性画家を中心に行われたため、多くの優れた女性たちの画業は、十分に研究されてきたとはいえません。そうした中でいち早く女性画家の偉業に光を当てたのは、まさに下田歌子の卓見といえましょう。
当館では、下田歌子の意思を継ぎ、開館以来、下田歌子が著作で紹介している徳山(池)玉瀾、張(梁川)紅蘭、江馬細香らの作品をはじめ、多くの女性たちの作品を収集し、公開すると同時に、彼女たちの多岐な人生と制作活動のあり方に関心を寄せ、研究を重ねてきています。歴史的社会における女性の生き方から学んだことを、今日、そして未来の女性たちへのメッセージとして発信することで、下田歌子が目指した「自立し行動力のある女性」の育成に貢献したいと考えています。
下田歌子は、18才で上京し、翌年より7年あまり宮中に奉仕し、皇后(後の昭憲皇太后)に歌才を愛でられ、歌子の名を賜ったと伝えられています。
宮中を辞して後、私塾「桃夭(とうよう)学校」の開設、華族女学校設立に関わるなど、教育者としての道を歩み、欧米諸国の教育視察等を経て、明治32年(1899)、本学の前身である、帝国婦人協会の教育部門として実践女学校・実践女子工芸学校を設立しました。一般女性の教育の重要性を説き、女性の自立と自覚を促す広汎な啓蒙活動を続け、昭和11年(1936)に生涯を閉じるまで、教育者としての姿勢を貫きました。
そうした教育者、啓蒙者として生きた下田歌子の人生を語る資料が「下田歌子関係資料」です。逝去後、ご遺族より寄贈された遺品を核とし、その後収集されてきました。旧蔵の宮中御下賜品や書画をはじめとして、文学著作、和歌作品、書簡、教育事業関係資料、父祖三代関係資料などがあります。実践女子大学香雪記念資料館では、それらを順次公開しています。