ジェロントロジー教育の意義と必要性・各教科とジェロントロジー教育<

ジェロントロジー教育構想

 ジェロントロジーの諸研究が盛んなアメリカにおいて、学校教育や生涯教育と関わるジェロントロジー教育に関する先行研究を見ていくと、「Positively Aging(R)」と名付けられたテキサス大学サンアントニオ校ヘルスサイエンスセンター開発のカリキュラムが存在すます。
 ここでは、そのカリキュラム項目、その意義と問題点、教育プログラムの構築に必要な事柄を述べます。
 アメリカ、テキサス大学サンアントニオ校で開発されたポジィティブリー・エイジング カリキュラムの内容は、今日以下の24の項目からなります。
1)血液、2)骨の解剖/骨健康、3)脳解剖/脳健康、4)血液、5)糖尿病、6)軍隊と運動、7)健康経歴、8)調査(感覚機能)、9) 慣用的表現(多様性の受容)、10)世代間関係、11)肝臓、12)メディア評価、13)栄養、14)栄養と身体、15)肥満、16)口の健康、17)人口実態と人口統計学、18)肺のシステム、19)研究・調査、20)家族との関係、21)睡眠、22)スプレッドシートと統計、23) 固定観念と偏り、24) 視力。
 ジェロントロジーは、大きくは生物学的視点、心理学的視点、社会心理学的視点、社会学的視点があり、サクセスフル・エイジングの視点からすれば、生物学的過程と同時に、心理学的過程と社会的過程との分析視点がありそれぞれの視点が極めて重要であることは、すでに「ジェロントロジーとは」のところで示してあります。

図1 K a s t e n b a um、柴田によるジェロントロジーの枠組みおよびA t c h l e y&B a r u s c h のジェロントロジーの四つの視点 と学校教育との位置(春日作成)
(大文字A , B ,C…および/前半はK a s t e n b a um の枠組み、小文字a , b , c…および/ 後半は柴田の枠組みを参考に作成)
多様な教科での学習と総合学習等でのその創造的 統合

テキサス大学 HRC The Positively Aging® curriculumにて

テキサス大学
HRC The Positively Aging® curriculum にて

 アメリカのポジィティブリーエイジングカリキュラムは歴史的にみて、高齢者医療の問題意識から生まれたものであり、生物学的視点での加齢による心身の機能の低下とその原因、低下によって生じる病気や障害の予防と治療、補填方法に関して、極めて興味深いカリキュラムを提示しています。
生物学的視点から加齢によって人々の身心がどの様に変化するか、それをどの様予防するか、またそれらが生じたときそれらにどの様に対応するかについて、学校教育においては、理数科教育と関わらせ実験を数多く取り入れたカリキュラムは、こども達の学習意欲を刺激することとなっています。そのことで、このカリキュラムは、高齢者理解と加齢のプロセスにおける自己の心身の変化を理解し、加齢における病気への予防を考えるといった極めて戦略的方法により、成功を収めており、この点で極めて意義があるといえます15)。
 先に挙げたジェロントロジーの四つの視点によりこのカリキュラムの概要を述べますと、主に生物学的視点を中心に構成されているといえます。それは「Positively Aging(R)」教育プログラムは歴史的にみて、高齢者医療の問題意識から生まれたものであり、生物学的視点の比重が極めて大きい(全体の約75%)といえます。その他の視点では「世代間関係」「家族との関係」「人口実態と統計」「メディアの評価」「固定観念と偏見」等があり、社会心理学的視点、社会学的視点、心理学的視点も盛り込まれていますが、全体の割合からは少ないといえます。日本の生涯学習においては、「Positively Aging(R)」教育プログラムを参考にしながらも、四つの視点をバランスよく盛り込んだ教育プログラムにしていく事が必要であるといえます。
 「Positively Aging(R)」教育プログラムの構築において重要とされる事柄を分析し、教育プログラムの構築のためのポイントを4点にまとめました。それらは、@研究者による研究内容と学校教育とのリンク、A指導者の育成の場の保障、B調査の実施(学習者の実態に即した内容の見返し)、Cプログラムの再構築および提供である。それを本論の構想するジェロントロジー教育プログラム構築図(図2)に示しました。図2のように、学習者が将来にわたって健康で豊かで、自己実現しながら生きる人生の形成者たることをねらい、常に新たな、精製された情報により構築されたプログラムを提供するためには、教育実践の場において図3右上のPDCA(Plan Do Check Action)サイクルが必要であるといえます。また、医療、心理、社会学等の各分野の研究を統合して学際的に行う、左下の情報提供が継続して得られなければならないといえます。そして、右上と左下を結合する要は、Web利用やワークショップ等のオープンな情報交換の場の形成が必要であると考えます。それにより、ジェロントロジー教育を想定した多様な領域での学習が可能となるといえるからです。
 核家族の中で生きる子ども達は、家族の中で高齢者と親しく関わることが少なくなったといえます。しかし、少子高齢社会が進む現在、子ども達は、地域社会の中でたくさんの高齢者と出会うことになってきています。コンビニで大きな声で話しをしてもらっている高齢者、文字が見えづらくてそれを読んでもらっている高齢者。しかし、「なぜ大きな声で話しをしてもらっているの?」「なぜ文字を読んでもらっているの?」といった日常の生活経験のなぜへの疑問を教科の中で理解する機会は少ないといえます。その疑問を教育の中で、理解できるようにジェロントロジーカリキュラムとしてカリキュラム開発していく意義はきわめて大きいといえます。
 たとえば、学校教育においては、理科や生物で骨密度について学習し、数学の知識を用いてその算出を行い、家庭科で骨密度を強化する食事やその調理について学習し、体育では骨密度と運動との関係を学習します。その様な学習の中で、自己の生活経験に根ざしたかたちでの自己の健康、加齢と身体的変化、健康に歳を重ねるとはどの様な事か、さらに自分自身の健康から家族の健康や、地域の高齢者の健康について考える学習が可能となるといえます。それらの学習は、自己の日々の生活に返すことの出来る知識や技術となり、生活経験に根ざした具体的な学びとなるといえます。それらは、一見多様な教科の中での断片的知識の学習に思えるが、総合学習の中でのそれらの創造的統合によって、断片的と思える知識がジェロントロジーといった学問体系を持った内容として統合可能となるといえます。この様な視点にたったジェロントロジー教育の構想は、生涯発達しながら歳を重ねていく人間理解につながり、その視点に立って地域社会の中で若者と高齢者との共同・協働を可能にするといえます。高度な科学技術の進展など急激に変化する社会の中で、学校教育におけるジェロントロジー教育を基盤とし、生涯学習の中にそれを位置付けていくことは、少子超高齢社会の今日、人生100年時代の人生戦略としてきわめて意義があるといえます。

図2 本研究が構想するジェロントロジー教育プログラム構築のイメージ(春日作成)

※このウェブページは、細江の2008.6 シニア社会学会誌、第6号(単)、P34〜43、2010.11 Journal of Gerontology Renaissance Vol.3(共)の論文に依拠する。

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