環境評価構造の個人差

環境評価構造の個人差  

環境のページ(建築雑誌2003.08より)


このようなタイトルの原稿依頼が来たのは、きっと『街路景観評価の個人差について(1996)』という論文を書いたことがあるからだろう。

街路景観評価の個人差

 それは、街並みのスライドを評価させて、評価させた項目どうしの関連を探ったり、理由として挙げられる項目と評価との関連を考察したもので、評価構造研究に属する。
 「落ち着いた街並みが好きな人と活気のある街並みが好きな人がいて、だから評価に個人差が生まれるのだ。」というような予想に反し、評価項目の重み付けでは個人差を表現できなかった。評価実験から得られたのは、好きだという人と嫌いだという人では、同じ街並みから感じる落ち着きや活気や、そういったものの度合い自体、すでに異なっているという結果であった。そして、それが総合的な評価の個人差と関連していそうなのである。具体例を挙げて説明しよう。

図1個人差景観.jpg図2ルビンの杯.tif
図1 評価の個人差が大きい風景          図2 多義解釈図形の例(ルビンの杯)

 図1は、月島の住宅街である。撮影したのはかれこれ20年ほども昔のことであるから、今はもう存在しない風景かもしれない。しかし、評価させた125枚の街並みスライドの中で好ましさの評価分散(ばらつき)が最も大きい、貴重なシーンなのである。
 この街並みを好む人たちは、今は失われた風景とか人間優先を感じる、緑が多いといった理由を挙げた。一方、この街並みを嫌う人たちは、狭苦しい、建物が倒れてきそう、プライバシーのない、緑が汚く生い茂っているなどという理由を挙げた。それにともなって、落ち着きの評価も高かったり低かったりする。
 どうも、この街並みは二面性を持っているようなのである。人情味溢れる下町の風景という顔と、雑然とした汚らしい街並みという顔である。そのどちらかを感じ取ると、もう一方の顔は感じ取れないという、ゲシュタルト心理学でいうところの図と地のような関係が、ごくありふれた街並みの中にも存在するようだ。

 図2に示すのは、代表的な多義図形「ルビンの杯」である。これは、白い杯が見えるか、向かい合った紺色の人の顔が見えるかのどちらかであって、どちらかが見えるともう一方は見えない。そういうことが街並みにもあるとすると、街並み整備のコンセンサスを取るということは、大変なことなのかもしれない。たとえ、どちらも見えるようになったとしても、じゃあどちらと判断すべきかと言われれば、どちらかに決めざるを得ず、中庸などというものはありそうもないのである。注1
 さて、多義図形は不安定なことでも知られている。最初は気づきもしなかったもうひとつの解釈が見えるようになると、そちらばかりが気になったりする。街並みにおいても、そのような転換が行われるかもしれない。
 Ohta(2001)は、自然景観の画像を見せてインタビューを行ったときのエピソードを紹介している。日没の風景から、昔インドネシアで出会った乞食の少年が想い出されて悲しいと述べていた女性が、太陽のエネルギーについて話した後では、よりハッピーな印象を抱いたというのである。
 同一シーンでも、同一人でも評価は変化する。

個人差の大きなシーン

 筆者は色彩調和に興味を持っており、いくつもの評価実験を行ってきた。すると、単色の評価のばらつきは無茶苦茶大きいのに対し、実空間での配色はそれなりの範囲にばらつきが収まるという結果が得られた。似たような事例は、模型を用いた照明パターンの評価実験でも出てきたことがある。家具を入れたときの方が、家具を入れないときと比較して評価のばらつきが小さかったのである。
 これらの結果から、抽象的な刺激(評価対象)の評価はばらつきが大きくなるのだと私は解釈する。そのような現象が生ずる理由については推測するしかないが、我々は日常生活を送っている中で評価のポイントとそれが総合評価と関わる度合いを明確にしていくので、抽象的な世界だとそれらが曖昧で不安定になりやすいと考えるのが妥当なところだろう。
 それに対し、具象的な刺激であっても評価のばらつきが大きいことがある。それらには、前述した解釈が異なるケース以外にも、2つのパターンがあるように思われる。着目する部分が異なるケースと、イメージされるシチュエーションが異なるケースである。
 街並みスライドの評価において2度の評価の違いが生じたのはなぜか尋ねると、「前回は街並みに目が行ったので美しくてよいと思ったのだが、今回は路上駐車の車が気になって評価が下がった。」などと言われることがあった。これは個人内差(同一人の評価差)であるが、着目する部分の変化を表している。
 部屋や配色の明るさ感の評定では、明暗の差が大きい2つ以上の部分を持つ刺激を呈示すると、ばらつきが大きくなった。これも、着目する部分の違いとして表現できる。いや、無理矢理1つの数値として申告させたことが問題なのであって、「明るいところと暗いところの両方がある」という認識をそのまま述べさせるべきだという意見もあろう。そうなのである。明るいところと暗いところの評価を統合できないという、多義図形と似た構造がこんな所にも存在する。
 イメージされるシチュエーションが異なるケースの方は、たとえば実物大の居間で照明環境をさまざまに変化させた実験で表れた。パーティに向いているかどうかを尋ねた尺度の値が、被験者となった女子大学生と中年男性では異なっていたのである。女子大学生は明るい空間を望んだのだが、中年男性は電球色の暗めの空間を望んだのである。これは、みんなでワイワイやるかゆったりと歓談するかという違いであろう。想定されるパーティの状況が異なっていれば、同じ言葉で尋ねたとしても望まれる環境は当然異なってくる。
 こうやって整理してくると、「評価の個人差に故あり」との感が強くなってくる。評価はてんでんばらばらではなくて、いくつかの意味的なクラスターを形成しているのかもしれない。筆者の経験では、7段階尺度で分散が2.0を超えるような評価のばらつきを示したときには、なぜそれが生じたかを解釈できるケースがほとんどである。だから...
 解釈のバリエーションを明確にすること、それを評価の個人差研究におけるポイントとして挙げておきたい。

評価の個人差と関わる個人属性

 評価に個人差があるとすると、どんな人がどんな評価をするのか知りたくなる。筆者はそういったことに興味を持って、個人差と関わる個人属性の整理を試みている。まだまだ途上であるが、いくつかの傾向が見えてきた。
 まず、性格という概念は対人関係にのみ有効そうである。オフィスで自分の周りをどんな風に家具で囲むのかとか、喫茶店では一人で本を読んでいたいのかみんなと話がしたいのかというようなケースでは性格が好みと関連しそうである。
 次に年代とか性別とか職業とか、そういったものはシチュエーションと関連しそうである。ライフステージという概念は建築でもよく用いられるが、これはシチュエーションが似通っているから有効なのである。医者と看護婦と患者では望ましい病院像が異なるというようなケースも、ここに含めておきたい。
 街並みの好みの場合は、疲れやすさという指標がうまくいきそうだという結果が得られたことがある。疲れやすい人は昔ながらの懐かしい風景を、疲れにくい人は都会的で近代的な風景を好むという傾向が見られたのである。生理的な特性が好みと関わっているケースも案外多いかもしれない。

「実験室からフィールドへ」の私的解釈

 引用してきた研究結果は、スライドやら写真やらを見せて評価させたものがほとんどである。実際に使えるのか?
 実験室実験へのアンチテーゼとして生まれた環境心理学は、現実を丸ごと扱うところに特徴があると言われたりするが、それがために不明瞭な結果しか導き出せないことも多い。
 もし家具の配置の好みを知りたければ、家具デザインの好みも関わってくる現実世界で収集したデータより、抽象的な模型実験データの方が明瞭な結果が導きやすいというようなことがあろう。複雑な現実を解きほぐすには、状況を単純化した環境から探っていくというオーソドックスな手法が有効ではないだろうか。注2
 まるごとの現実にチャレンジするのは、そういった実験結果の蓄積を携えて行いたい。



注1 評価のばらつきが小さい街路景観も多いので、すべてが難しいというわけではない。
注2 実際に使える知識を生み出すためには、現実感のような生態学的妥当性は保持する必要があるだろう。

*1 槙 究、乾 正雄、中村芳樹:街路景観評価の個人差について、日本建築学会計画系論文集、No.483、pp.55-62、1996.5
※図と地については、たとえば...
*2
*3 Hirohiko Ohta: A Phenomenological Approach to Natural Landscape Cognition, Journal of Environmental Psychology (2001) 21, 387-403
※単色の印象評価については、未発表であるが...
*4 渡部 裕子:色彩の印象マップの作成、実践女子大学卒業論文、1997
※配色のばらつきを扱ったものとして...
*5 槙 究:4つのシーンにおける配色の印象評価比較、日本色彩学会誌、Vol.26、No.4、pp.224-235、2002
*6 槙 究、山本早里:パーソナルカラーの印象評価、日本色彩学会誌、Vol.22、No.3、pp.127-139、1998
※模型の照明実験についても未発表であるが...
*7 石黒 絢子、唐澤 理恵、土屋 行世:住宅居間の照明環境の印象 〜輝度分布を変化させた模型の評定実験〜、実践女子大学卒業論文、2002
※個人内差については...
*8 槙 究、乾 正雄、中村芳樹:街路景観評価の個人差について、日本建築学会計画系論文集、No.483、pp.55-62、1996.5
※部屋の明るさ感については...
*9 照明学会 空間とあかりのあり方に関する研究(2)特別研究委員会編:空間とあかりのあり方に関する研究(2) 報告書(「第3章 ライトコーディネート実験装置を用いたあかりの印象評価実験」)、1997.3
 その概要が...
*10 日本建築学会編:よりよい環境創造のための環境心理調査手法入門 (「3.2.5 ポジショニング分析」)、技報堂出版、2000
※配色の明るさ感については...
*11 槙 究:4つのシーンにおける配色の印象評価比較、日本色彩学会誌、Vol.26、No.4、pp.224-235、2002
※お酒を飲むの個人差については...
*12 日本建築学会編:よりよい環境創造のための環境心理調査手法入門 (「3.2.5 ポジショニング分析」)、技報堂出版、2000
→解析を行ってくれた小島隆矢氏に感謝!
※オフィスの座席周りの研究...
*13
※喫茶店での行動...
*14 竹之内香織、槙 究:飲食店の評価と評価者の属性の関連 −飲食店の認知・評価と人の属性の関連 その2−、日本建築学会大会学術講演梗概集D-1、2002
※疲れやすさと街の好み...
*15 槙 究、大村容子:街路景観評価に及ぼす疲労の影響 −VDT作業前後の評価比較−(第8回人間・環境学会大会)、人間・環境学会誌、Vol.7、No.1、pp.50、2001.11

槙の書いた文章

専門雑誌などに書いた文章を集めています。

色彩

環境心理

アフォーダンス
(建築雑誌1994.11)
わかりやすいガイドライン
(建築雑誌2001.06)
環境評価構造の個人差
(建築雑誌2003.08)
文化的側面を環境心理研究に、どう取り入れるか?
(文化と環境心理SWG報告書2005.03)

感性・印象

印象評価解析における因子分析の使用法
(「印象の工学とは何か」より)

その他

現象学から考える
(人間−環境系理論検討SWG報告書2001.03)