アフォーダンス

アフォーダンス −ほのめかしの環境文化−  

環境のページ(建築雑誌1996.11より)


環境がほのめかす行動

 我々がイタリアやイギリスに行って、ピアッツァやパークを訪れたとき、そこで何をするだろうか。
 ピアッツァでは、階段にでも腰掛けて、行き交う人々や陽気に語らうおばさんを眺めながら、ジェラートでも舐めてみる。パークでは、ずいぶんと立派な犬を散歩させる老紳士やジョギングする人々でも眺めているうちに、芝生にごろんと横になって、うとうとしてしまう。
−まあ、こんな感じではなかろうか。
 これは、単なる作り話でもないと思う。固くて冷たい石を敷き詰めたピアッツァでは、寝そべる気にはなれない。しかし、芝生となれば別である。地面の素材の違いが、その場所で行われている行動の違いを生んでいるのだ。

アフォーダンス

 このように、我々は、環境を捉えるときに、行動を促進させたり、制限させたりするような特徴を読みとっている。
 ギブソンという認知心理学者は、環境のこのような性質をアフォーダンス*1と呼んだ。彼は、「環境のアフォーダンスとは、環境が動物に提供するもの、良いものであれ悪いものであれ、用意したり備えたりするものである。」と述べている。*2これではよくわからないので、ギブソンの挙げた例で説明しよう。
 「陸地の表面がほぼ水平であり、平坦で、十分な拡がりを持っていて、その材質が固いと判断されたならば、その表面は、我々の体を支えることをアフォードする。」
 我々は、確かにそういう場所を選んで歩いている。行動するときには、無意識であるにしろ、環境がどのような行動に向いているのかという情報を環境の中から得ているのである。*3
 場所・空間・行動をほのめかす場所・空間の特徴(意味)の抽出・行動 

空間の操作的意味

 アフォーダンスは、何も場所や空間だけに備わっている性質ではない。ステレオは音楽を聴くことをアフォードするし、本は読むことや枕にすることをアフォードする。
 環境を捉えるということは、環境の潜在的な用途・機能を読みとることであると言い換えてもいいかも知れない。
 ギブソンは、アフォーダンスの原型となった空間の操作的意味を、次の3つに分類している。*4
・仮想の空間運動的意味
−物体は、つかんだり、押したり、その上を歩けるように見える。
・仮想の利用または必要に基づく意味
−食べ物は食べられるように見える。水は触れれば気持ちよさそうに、木陰は入れば涼しそうに見える。
・機械的意味
−機械、装置、構築物などは、その機能や能力に関わる意味を持って知覚される。たとえば、建築物は中に入って身を守れるように見える。

アフォーダンスの利用

 アフォーダンスをうまく利用すると、使いやすいデザインができることを教えてくれたのが、やはり認知心理学者であるノーマンである。*5
 ドアの前に立ったとしよう。押すべきか、引くべきか。
 取っ手が平板な場合、それは押すことをアフォードする。取っ手がリングになっている場合、それは引くことをアフォードする。したがって、部屋に入る側の取っ手がリングなら、出る側の取っては平板状にするのがアフォーダンスの理論に基づいた自然な対応付けとなる。
 この法則を無視して両方リングにしたりすると、押したり引いたりしている光景に出くわすことになる。

パタン・ランゲージ

 アレグザンダーの提唱したパタン・ランゲージは、アフォーダンスの宝庫である。*6
 125[座れる階段]は座ることを、179[アルコーブ]は一緒にいながらプライバシーがあることを、181[炉火]は人が集まることをアフォードしているのだ。
 パタン・ランゲージとは、アフォーダンスに対応した環境の物理的な特徴を集めてできたデータベースだと言えよう。
 そうすると、このようなデータベースを利用して、空間の意味を創り出すために、空間の物理的な特徴を定めるのが設計という作業なのだということになる。
 空間に与える意味(アフォーダンス)・空間の物理的な特徴の決定

外部空間の文化

 芦原義信がこう書いている。*7
 『イタリア人は人々の出会いの場として人為的な広場−「ピアッツァ」をつくってきたし、イギリス人は人々の出会わない休息の場としての自然の公園−「パーク」をつくってきた。』
 イタリア人もイギリス人も、自分たちの望む行動をアフォードする外部空間を形作ってきたわけだ。
 では、日本人はどんな行動を望み、どんな空間を造ってきただろう。
 昔、縁台将棋が行われたり、子供たちがべい独楽やめんこなどをしていた頃の路地は、日本人の出したひとつの回答だと考えられる。
 では、現在は...
 丸の内のオフィスビル街、銀座や渋谷などの盛り場、下町。どれも、人が動いているイメージしか思い浮かばない。忙しく通り過ぎる人たちだけの街、そこでは、通過することだけがアフォードされているのである。
 我々が造りたいのは、ピアッツァ型の空間であろうと、パーク型の空間であろうと路地型の空間であろうと、人が留まる空間であるはずだ。
 留まることをアフォードする豊かな空間が、少しでも日本に増えますことを。 


*1afford:…するよゆうがある,ができる;あたえる,供給する。affordanceは、ギブソンの造語である。

*2J.J.ギブソン(古崎ら訳):生態学的視覚論、サイエンス社、1985

*3人間は環境の知覚により得た情報に何らかの処理を施して意味を認識するのだという情報処理モデルに対して、人間は環境から直接意味を知覚できるのだと考えるあたりが、ギブソンの真骨頂である。このあたりに興味のある方は、ここに挙げた参考文献を参照してください。

*4中村良夫:風景学入門、中公新書、中央公論社、1982

*5D.A.ノーマン(野島訳):誰のためのデザイン?、新曜社、1990

*6C.アレグザンダーほか(平田訳):パタン・ランゲージ−環境設計の手引き、鹿島出版会、1984

*7芦原義信:街並みの美学、岩波書店、1978

*8U.ナイサー(古崎・村瀬訳):認知の構図、サイエンス社、1978

*9アフォーダンス−新しい認知の理論−、岩波書店、1994

槙の書いた文章

専門雑誌などに書いた文章を集めています。

色彩

環境心理

アフォーダンス
(建築雑誌1994.11)
わかりやすいガイドライン
(建築雑誌2001.06)
環境評価構造の個人差
(建築雑誌2003.08)
文化的側面を環境心理研究に、どう取り入れるか?
(文化と環境心理SWG報告書2005.03)

感性・印象

印象評価解析における因子分析の使用法
(「印象の工学とは何か」より)

その他

現象学から考える
(人間−環境系理論検討SWG報告書2001.03)