アフォーダンス再考

アフォーダンス再考  

佐々木正人先生の講演を聴いて


Tさん(と私の説明を聞いてしまった可能性のあるみなさん)

 昨日、シンポジウム後の宴で、アフォーダンスの意味がよく掴めないと言われて、私なりの説明をしました。Tさんは、わかりやすい説明だと言ってくれましたが、みなさんと別れて帰りの電車に足を踏み入れたとたんに、別の解釈が頭をもたげてきました。
 どうも、あのときの私の説明は間違いなのではないか。そう思うようになったので、訂正したいと思い、メールを書いた次第です。

 さて、あの時の私の説明は、こんな感じだったと思います。
 アフォーダンスというのは、行為と関わる環境の特徴だ。でも、同じ場所でも人が違えば、また時が違えば、同じ行為を解発するとは限らない。だから、S−R理論のように刺激−反応系の結びつきを設定するのではなく、場所の特徴は行為の可能性(選択肢)を示す情報に過ぎないと考える方がよい。実際に行為が発生するかどうかは、人の状態などによる。
 たとえば、通学路の途中にある階段に座ることは可能だとわかっているけれど、よほど疲れていなければ、行為におよぶことがないというようなことは、アフォーダンスの概念で説明する方が、説明しやすいよね。
...と、概略、こんなあらすじだったと思います。しかし、佐々木先生が言われた、「アフォーダンスは行為とは関係ないんだ。」という言葉が気になっていたので、実は、その後も考えていたのでした。そして思い当たったのが、電車に足を踏み入れた瞬間だったのです。

 さて、その時のひらめきを説明するために、佐々木先生が示された例に戻りたいと思います。卵を割るときのアフォーダンスの話です。
 卵を割るときには、最初に卵を弱く打ち付けて、どの程度の力でどの程度割れるのかを確かめる。その後、ちょうど殻にひびが入る程度の強さで打ち付けて適度な割れ目を入れ、あとはパカッと両手で割れ目を拡げるわけです。
 さて、このとき、卵は割ることをアフォードしているでしょうか。いや、アフォードされているのは、卵を打ち付けたときの感触と、実際にひびが入った度合いというようなものではなかったでしょうか。佐々木先生が解析されていた打ち付けたとき発生する音は、まさにひびの入り具合に対応するものです。そうだとすると、アフォードされているのは、行為(アクション)を発生させることではなくて、行為の妥当性とでも言いましょうか、行為をうまく完了させるために必要な情報ではないでしょうか。

 そう思って、ギブソンが「生態学的視覚論」に書いたアフォーダンスの定義と例示を読み直してみましょう。(翻訳書pp.137より)

「環境のアフォーダンスとは、環境が動物に提供する(offers)、良いものであれ悪いものであれ、用意したり備えたりする(provide or furnishe)ものである。」
「もしも陸地の表面がほぼ水平(傾斜しておらず)で、平坦(凹凸がなく)で、十分な広がり(動物の大きさに対して)をもっていて、その材質が堅い(動物の体重に比して)ならば、その表面は支える(support)ことをアフォードする。」

 どうでしょう。用意したり備えたりするのは行為ではありませんし、支えるというのも行為ではありません。行為を遂行するのに必要な条件です。ギブソンの説明の続きには、「それは支える物の面であり、我々は、それを土台、地面、あるいは床と呼ぶ。それは、その上に立つことができるものであり四足動物や二足動物に直立の姿勢を許す。それゆえそれは上を歩くことも、走ることもできる。水あるいは沼の面のようには沈むことはない、つまり体重の重い陸生動物にとっても沈むことはない。ミズスマシに対する支えの場合は別である。」とあります。支えるというアフォーダンスは、歩くとか走るという行為を支える条件の一つに過ぎないのです。実際に走るという行為が生まれるのは、走らねば目的の列車に乗れない、遅刻するというような状況が必要でしょう。でも、駅が湖の対岸にあるならば、走る行為には至らない。走るという行為を支える条件の一つ(身体を支える面の存在)が満たされないからです。

 このように考察を進めてくると、アフォーダンスというのは、行為を支える一つ一つの条件ではないかという気がしてくるわけです。

 佐々木先生がいつも見せるというひっくり返ったカブトムシのビデオ、覚えていますか。あれは、ひっくり返ることをアフォードするのではなく、身体を起こす可能性を示す紙の斜面や、抱きしめると回転できそうだと思えるリボンや、足を引っかけることをアフォードするタオルの縁やら、そういうものを見せてくれたのでした。これは、ひっくり返るという行為をアフォードするというより、それを支えるよりプリミティブな要素をアフォードしているように思われます。

 これで謎が解けたでしょうか。行為を引き起こすようなモティベーションを生み出す環境の特徴がアフォーダンスなのではなく、ある行為を分解したときに出てくる微小なアクションを支える環境の情報がアフォーダンスなのだと考えれば、ずいぶん、佐々木先生の話が理解できたような気になります。それで、これまでの私の解釈は誤解だったのではないかと思うのです。

 そうは言っても、私の解釈は建築の人の代表的なアフォーダンス観だと思うのです。何と言っても、環境と行動の関わりに注目して建築環境を構築していくわけですから、それに役立つ概念でないといけない。では、どういう概念が役立つか。
 アレグザンダーのパタン・ランゲージを考えてみましょう。私がよく使う「日のあたる場所」というパタンを例に取ります。

・北向きの場所は、暗さ、寒さをほのめかすので、人が来ない。
・背中を守れる壁がないと不安なので居座ることができない。
・まわりも囲んであげると、より安心だ。
・ただ居るのはつまらなくて、すぐ立ち去ることになるから、噴水でも人通りでもいい、暇つぶしになるものが必要だ。

 ざっとこんな具合です。ここに挙げた条件は、先ほどの再解釈に基づくと、アフォードするとは言えない条件ばかりです。環境の心理物理的条件や心理的条件ばかりなのです。「南向きで日が当たり、周囲、特に背後を壁で守られ、視対象が確保された空間は居ることをアフォードする。」と言ってよければ、環境構築に役立つのですが、ギブソニアンたちのアフォーダンスの定義は、これとはちょっと違うということが明らかになったのではないでしょうか。

 これが、すれ違いの原因では?

 ギブソンも、初期には建築系の人と同じような定義をしていた可能性があります。中村良夫先生が「風景学入門」という本の中で紹介していることを引用すれば、ギブソンは、アフォーダンスの原型となった空間の操作的意味を、次の3つに分類しているそうです。

・仮想の空間運動的意味
−物体は、つかんだり、押したり、その上を歩けるように見える。
・仮想の利用または必要に基づく意味
−食べ物は食べられるように見える。水は触れれば気持ちよさそうに、木陰は入れば涼しそうに見える。
・機械的意味
−機械、装置、構築物などは、その機能や能力に関わる意味を持って知覚される。たとえば、建築物は中に入って身を守れるように見える。

 どうも、このあたりは様々なレベルのアフォーダンスが入り交じっていたような気がします。それでもいいような気もします。行為を支える環境情報としてのアフォーダンス(狭義のアフォーダンス)と、行為の可能性を指し示すパタン・ランゲージ的なアフォーダンス(広義のアフォーダンス)の両方を許容し、しかし、それを区別して用いていけば、アフォーダンスの有用性を高めると共に、わかりにくさがずいぶん軽減されるような気がするのです。

生態学的心理学に言うシノモルフィ(環境と行動に一致がみられること)の概念をアフォーダンスの集合体として記述できるだろうか?

fin.
2003.6.29

アフォーダンス理論の日本における中心的存在、佐々木正人先生の講演を聴いた後、お酒を飲みながら話しをした学生「Tさん」に語りかける形式で、その後で考えたことを書き留めました。
























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