上海近郊への旅

 
上海近郊への旅

(杭州、蘇州、上海)

7/12 近くて遠い国、中国

 実は中国は初めてである。
 日本は、彼の国から多大な影響を受けたのだし、漢字という共通の文字を持っている。しかし、中華思想という尊大にも聞こえる言葉が存在していたり、その大陸的な気質が島国とは異なると言われたりする。我々が身に着けている衣料品の多くを作っている国という意味では身近だけれども、食料品などには不安を持つ人も多いだろう。最近は反日感情が強まっているといううわさ、貧富の格差が大きくなって上海などは活気にあふれているが、田舎に行くほど強盗に気をつけなければならないという治安の問題などもある。どうも、中国という国は、我々にとって両義的な、よくわからない存在なのである。
 さて、そんな中国の実態はどうなのか、この目で見てみることにしよう。





7/13 中国を感じた5つのできごと

 まあ昨日のことである。
(1)空港について、両替をせねばと銀行を探していたら、目の前で電気が消え、両替しようとした女性が手でばってんを作られた。1時7分前。たぶんお昼休みであろう。いやいや、ATMがあるではないかと行ってみると、透明なテープでぐるぐる巻き。近所のすべり台と同じだったから意味はわかった。It doesn't work。さてどうしたものか。
 ピンと来て2階出発ロビーに行ってみれば...、あったあった、中国銀行。しかし、日本ならopening hoursが書いてあるだろうし、閉まっているときの対処法も書いてあるだろうと思うのだった。

(2)文字。文字が読めない。「簡体字」と呼ばれる簡略化された文字がぜんぜんわからない。もう少し通じると思ったが、ぜんぜんだめ。こうなってくると推理ゲームだ。英語があれば意味はわかるから、そこから漢字を推測したりする。真逆だ。
こんな省略のされかたでは、元の文字を推測できないことも多いのではないか。移行期を過ごした老人は、困らなかったのだろうか。

(3)一番びっくりしたこと。それは、ビル。
今回の目的地「杭州」(学会発表のため)は、西施という絶世の美女にちなんで名づけられた西湖があり、呉の時代の都だったというから、風光明媚な静かな町を想像していたのだが、どうしてどうして、空港から市街地に入っていけば、途中にスカイスクレーパーと呼ぶにふさわしいビルが山ほどあるのだった。オフィスばかりでなくホテルも目立ったから、相当な人的交流が行われているのだろう。
 ホテルの机の上には、この地方の発展を訴える写真集が置かれていた。観光目的でない訪問者は多いに違いないし、それが自慢なのだろう。発展しているってポジティブでうらやましい。そんな気がした。

(4)リムジンバスで市内に着いた。よくわからなかったので、そして暑いのでタクシーを拾った(日本と同程度とは、地球の歩き方は、実際に歩いていなかったのでは? 南京などに対して使用されるという「竈(かまど)」という表現の方がずっと当たっている)。ぼられないかなーと心配だったが、ドアに初乗り10元と書いてあったのを覚えておいた。一応、市民のバス乗り場らしきところで乗ったのだから、あらかじめメーターがまわっているということはないだろう。さっきカシャッといったのはメーターが動き出した音のはず。一応、遠回りはしていないようだ。...とまあ、いろいろ考えて、目的のホテルについたら、やはり金をだせといって20元だという。レシートをくれと言っても粘っていたが、ドアボーイに「ちょっと高いと思うんだ。」と言ったら何か言ってくれた。そのとたん、レシートを渡し、「10元だ。」という。
 「ありがとう。」

(5)ホテルのレセプションで。
 学会が紹介したエージェントを通じて予約を入れておいたはずだが...。
 「どのランクがいい。」と聞かれ、スタンダードと答えたら「それなら450元」だという。予約は何だったんだ!?
 「支払い方法は?」と聞かれたとき、「クレジットカードで」と答えたら、3晩で1350元だけれど、デポジットで2200払ってもらっていいかという。何だそりゃ。そう聞いたら、ミニバーとか電話とか使ったらそこから払うのだという。帰り際に現金で返されても困るので、それらは使わないと言って宿代だけ支払いした。
 よっぽど泊まり逃げが多いのだろうねえ。



7/14 町のスケール

 どうもスケール感が狂う。
 地球の歩き方に載っている地図の感覚と実際の町の大きさの感覚が、3倍くらい異なっているように感じる。もちろん縮尺も掲載されているから、それを見て測ればいいのだが、無意識のうちに持っている町の大きさの感覚とはずれているのだ。欧羅巴でそういうことを感じることはないから、杭州の町としての広がりは、大陸スケールと言わねばなるまい。
 私はタクシーを捉まえたり、バス路線を探すのは面倒だから、初めての町では歩いてしまうことが多い。歩かないと写真も撮れないし...と、西湖を目指して歩き始めたが、なかなか見えてこない。まあ、睡眠不足気味で元気もなかったのだが。
 それでも、白堤と呼ばれる湖の中に設けられた遊歩道の辺りまで来ると、「よし、西湖十景を制覇しよう。」と考え始めた。
 西湖十景は、「断橋残雪」「平湖秋月」「曲院風荷」「蘇堤春暁」「花港観魚」「南屏晩鐘」「雷峰夕照」「柳浪聞鶯」「三潭印月」「双峰挿雲」と名づけられている。白堤に架かる橋に積もった雪が中央部から溶けていく、その様が代表的な景観となっているというように、みな、ある時期・時間帯の景観とか、月夜といった条件または聴覚的要素などと組み合わされ、もっとも心に訴える情景として描かれている。景観自体の良し悪しを云々するのではないところに注目してほしい。そういうことを学生に話をしたいと思い、そうならば、時期は想像してもらうにせよ、その場所の写真が必要だろうと思ったわけだ。
 結論から言うと、半周強したところで時間切れとなった。7箇所については、それらしい写真を撮ったが、残りはあきらめた。何しろ、1周15kmらしいから致し方ない。

「諦時身助」

7/15 光と影

 昨日の散歩時には、本当に数多くの人たちとすれ違った。カップルも家族連れも友人同士も、どこから湧いてきたのかというくらい、うじゃうじゃと人がいる。それも道理で、地球の歩き方には人口637万人とある。その人たちが、元気だ。だいたい、ぶつかりそうだから除けるとか、そういう感覚が希薄だ。ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ、ぶつかってくる。元気だ。それでやたらに写真を取りまくる。一応、男性が女性を撮るパターンが多いが、その女性たちがやたらとはずかしげなポーズをとる。いや、いやらしい意味ではなくて、よくもまあそんなに女優になりきったポーズが取れるなーという、そっちのはずかしさである。しかしどこでもそうだから、みなナルシストなのだろう???
 学会も終わり蘇州へ移動したが、その中心である観全街は、歩行者天国であることをいいことに、また人だらけだ。こちらは6区5市で585万人とある。観光地らしく「マッサージ」とか「時計、見るだけ」とか言われ、疲れたので早々に切り上げた。私は、もう少し静かな場所じゃないと生きていけない。
 物売りのしつこさ、人力自転車やバイクのお兄ちゃん達のしつこさ。ぜんぜん英語ができないのに憶えようともせず、そのまま突っ込んでくる強さ。まさしくバイタリティ。この強さは、中国の光の部分だと思う。保護すればするだけ弱くなる。保護してもらえないから強くなる。そういう感じか。
 影の方は、オレンジジュースと鉄の格子にしておこうか。
4つ星のホテルに泊まっていたのだから、朝のバイキングにはフレッシュな、そうでなくても100%のオレンジジュースぐらい出てきそうなものだ。それが、いかにも果汁10%程度の薄いジュースしか出てこない。そんなことで影にするなと言われそうだが、中国が置いてきぼりにしている事柄のひとつを表している気がする。レストランの食事に、とても食べる気がしないような色のハムが混ざっていたりする。健康意識とかは、巷で言われているように低いのではないかと思うのだ。
 もうひとつの鉄の格子は、普通の住宅の窓部分に嵌っている。日本でも1階部分にはそういったものが必要とされるようになってきたが、中国では5階建ての集合住宅ですべての窓がそうなっているところもある。おちおち寝てもいられない事態が発生するから、それが必要となるのだろう。貧富の差の拡大とともに、犯罪発生件数も順調に伸びているのではなかろうか。

7/16 拙政園

 蘇州に来たのは、名高い庭園を見るためであった。時に建築家が引用するような庭園を見て、うまくいけば授業のネタにしよう。そういう魂胆である。
 蘇州には四大名園なるものがある。一応全部行ってみたが、できは「拙政園」「留園」「滄浪亭」「獅子林」の順だろう。そのなかで圧倒的に入場料が高く、圧倒的に内容が良いのが拙政園である。私は、昨年高松の栗林公園に行き、初めて「よい。」と言える庭園に出会ったが、拙政園はそれに勝るとも劣らない。私の中では、世界三大名園のひとつである。(さて、あと一つはいつ見つかるやら。)
 実は、拙政園と栗林公園には共通点がある。回遊式の大きな庭園だという部分だ。そこに、水、木、建物、砂もしくは石、盛り土、草をうまく配して、歩く度に変わっていく風景を楽しめる。こういう仕組みの庭園は、それこそごまんとあるが、良いものばかりではない。今年も、ある庭園を歩いてみたが、仕組みは似ているのに、ぜんぜん良くなかった。石の敷き方が良くないとか、少しだけ気づいたことがあるが、あまり明確ではない。
 庭園を巡っていると、デザインのボキャブラリーはある程度共通であることがわかる。回廊があったり、太湖に産するという太湖石を起立させたり、岩のように配置したりする。丘の上に物見台を設置したり、その周りに池や濠を配置したり。その向こう側にはテラスを設けて、その奥に透かし彫りの扉で囲まれた建物を配置したり。その奥には中庭があり、回廊で囲まれていたりして、さらに奥に建物がある。と、そんな構造だ。
 それでも、出来と不出来がある。拙政園も、中央部と東部はよかったが、西部は少し劣る。我々が建築の歴史を講義すれば、どうしても上述したボキャブラリーの特徴を話すことになりがちである。私はそれを変えたいのだが、そのためにはその本質を掴まなければならない。私の感覚では、私はまだ10%くらいしか掴んでいないようだ。
 それにしても庭園は、環境心理的な、もしくは環境美学的な事柄を考えるのに適している気がする。これからしばらく注目してみたい。

7/17 上海雑技団

 実質的には、旅の最終日である。
 上海への移動に手間取った。30分並んでやっと買った切符は、2時間後の出発。「earlier」と言われたから、列車には人数制限を掛けているのであろう。座席指定でなくてもよかったのだが、仕組みが良くわからなかったので、2時間仕事をすることにした。そして、やってきたのは新幹線型の車両。「鑑真号」とあった気がする。わずか30分ほどで上海についた。上海駅は近代的なビルで囲まれていた。最近のものが多いのだろう。箱型ではないビルが多く、おもしろかった。しかし、街はつまらなかった。東京と同じなのだ。商品を消費するための街であって、それなら日本で買えばいいと思わされるものが目に付いた。見るべきところはない。
それで夜、上海雑技団の公演を見にいってみた。体操、アクロバット、芸、体の柔らかさ、そういったものが迫ってきて、「どうしてあんなことができるの?」という気持ちに何度もさせられた。
 ただ、そこで一番感じたのは「信頼」ということだった。受け止めてくれなければ大怪我をする、そういう体勢で、そういうスピードで支持役の演者に身を任せていく。その信頼に一番感動させられたかもしれない。
 終演後、外灘(バンド)の夜景を見に行った。期待以上であったが、「信頼」に対する感動には及ばなかった。

7/18 さて、中国の感想

 移動を抜かせば5日間の短い旅であった。前半は学会であったから、実質はさらに短い。言葉もほとんど通じないから、ごく浅いレベルでひとつの国を眺めたに過ぎない。
 それでも杭州で見た集合住宅のデザインと、蘇州で見たそれと、上海の街並みはまったく異なっていた。杭州だけ見た人は中国を活気ある、人の多い場所だと思うだろうし、蘇州だけ訪れた人であれば、庭園だけが残った、観光客にちょっとだけしつこい町だと思うだろうし、上海だけを訪れた人は、東京と同じ街だと思うだろう。汽車で1時間ほどの距離にある3都市でも違うのだから、全国を巡れば、さらにさまざまな土地々々に出会うだろう。江南の一部を体験しただけで中国を語るのは拙速かもしれないけれども...。
 例によって、学会では日ごろ交流のある先生方とテーブルを囲んでいたのだが、S先生と中国の今後について話をした。(昔の日本のように、)できあがっている技術を安い労働力で稼いでいるから、もうしばらくすると行き詰るというのがS先生の意見だった。私は、人権問題とか環境問題を無視し、アメリカの矛先をかわして為替を固定のままにしておけば競争力を保てるだろうから、もう少し中国の勢いは続くと見ていると言った。さらに、中国は文化大革命で歴史を一度捨てているから、資本主義的(お金儲けが大事で他のことは気にしない)なのではないかと思ったりしたのだが、それも発展を支えるだろうと思う。しかしその後、I先生と話しをしていたら、働き盛りがあと15年もすれば引退する。その後は一人っ子政策のおかげで人口が減るから大変だろうと言われた。そういうことがあるとすると、停滞するのかもしれないが、それなら産めよ増やせよをやればいいだけなので、大きな問題にはならないだろうという推測もなりたつ。と思っていたのだが、上海のビルの建ち様は異常だ。加熱しすぎている。どこかでは反動が来るだろう。(地震でもくれば一発だと思うが、それはだいじょうぶなのか?)
 その日がいつかはわからないが、力強く生きる人々とお金を持った人々の間に起こる軋みに揺らされながらも、人という資源を持つ彼の国は、今しばらく力強く世界に影響を及ぼし続けるに違いない。

閑話休題

 中国の人は、パーソナルスペースは0かも知れないが、怖い顔をした人は少なく、向こうは中国語で、こちらは英語で会話をすれば、結構かわいい笑顔を見せてくれる。私が中国語をできさえすれば、たぶん友達になれる。それで一緒に食事に行って(レストランの食事は数人で取り分けるような量のものしかなくて閉口した)、お互いを確かめ合い、きづなを作ってと、そういう社会では欝など起こらないような気がする。
 移動のバスの中で、日本の悪口っぽいタイトルの新聞を見たときはヒヤッとしたが、実際には最後にだまされてお茶を買ったくらいで危険な目に遭うことはなかったし、どちらかと言えばよい印象を持った。
 中国の人に日本で勉強してもらえるように、我々の学問的レベルを高めていかなくてはねえ、と思ったりして。

最後に

 とは言っても、私はもう一度行きたいとは思わない。文化が感じられないからだ。歴史を捨てるということは、こんなにもつまらないことなのか。京都も、頑張ってもらわないと蘇州みたいになっちゃうぞ。
...とは、ちょっと言い過ぎ!? (蘇州が一番文化を感じのだけどね)


2007.07.20


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00209039.jpgライデンで見かけた住宅

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newspaper.JPG熊本で見かけた住宅

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