シンポジウム報告

シンポジウム報告
光環境シンポジウム

「建築・都市の色彩に求められるアカデミックスタンダードとは?」

プログラム

(司会) 飯島祥二(岡山商科大学)
1)趣旨説明:佐藤仁人(京都府立大学)
2)景観の色彩測定法:名取和幸(日本色彩研究所)
3)文教施設の色彩:大野治代(大手前大学)
4)建築外部色彩の許容彩度:稲垣卓造(大同工業大学)
5)京都市の色彩規制:藤井 茂(京都市)
6)景観条例・ガイドライン制定についての最近の動向:山本早里(筑波大学)
7)西欧の都市計画における色彩計画の考え方:熊澤貴之(岡山県立大学)
8)総合討論
9)まとめ:中山和美(東京電力)

主催 環境工学委員会 光環境運営委員会 建築空間の質感・色彩設計法小委員会
協賛 日本色彩学会
日時 11月15日(土)13時30分〜16時30分
会場 みやこメッセ(京都市勧業館) B1F大会議室
  (京都市、地下鉄東西線東山駅より徒歩約10分)

 
 世の中不況である。このような時代に景観云々言うことに意味があるのだろうか。そう考えていたら、朝日新聞に電線地中化を進めていくという記事が掲載されていた(090107朝刊)。なるほど、雇用の創出に繋がるのであれば景観形成にも意味があるのかもしれない。
 しかし、学会標準(=アカデミックスタンダード)ということであれば、どのように街並みを形成していったら、未来の住民が「ここで暮らすことができてよかった。」と思える街並みに繋がるのか考えることがベースとなるだろう。街並みの更新には本来、数十年の時間が掛かるものであり、ゆったり構えてじっくり考えていく必要があると思う。

 建築学会で色彩について考えてきた委員会が2009年度以降の活動の一番大きな柱としてアカデミックスタンダードの刊行を目指すことを決めた。2008年末に開催されたこのシンポジウムは、その活動の手掛かりを得ることを目的として開催されている。
 現主査の佐藤氏からは、景観法が施行され、住民主体の景観整備が可能となったが、ではどのような景観を整備すればいいのか。それを考える手掛かりが必要とされている。そこにスタンダードが存在する意味があると考える旨の説明があった。

 これまでの景観研究を概観すると、街並みにはまとまりが必要となると考えられる。では、いかにまとまりを生み出すかのか、それを考えれば以下の3通りが存在しているように思われる。
 第1は、京都のような歴史と伝統のある街の景観に用いられる「模倣」である。形態、素材、色彩...つまりはデザインすべてを過去に蓄積されたコードに基づいて整備するという考え方である。シンポジウムでは、京都市都市計画局都市景観部の藤井氏より、市が景観法施行後に改定した景観規制についての紹介が為された。そこでは、美観地区で6種、美観形成地区で2種、建造物修景地区で4種類の類型を設定し、それぞれの特徴に応じた規制の網をかぶせる手法が取られている。類型としては、山麓型、山並み背景型、岸辺型、旧市街地型、歴史遺産型、沿道型などがある。街並みはアートではなく生活の一部であるから、規制の厳しさも生活状況に合わせて調節しなくてはならない。それを歴史的な経緯と噛み合わせた結果がこの類型であろう。もともと周辺との調和を意識した条文が存在したが、色彩についてはそれをマンセル値として明文化したところが今回の改定の要点のようである。
 第2は、「地域色の発見」である。色彩コンサルタントが絡む場合に多いが、地域の色彩を調査し、そこから推奨される色のパレットを導き出し、それを用いて景観形成していくことで調和をもたらそうというスタイルである。調和は類似色でもたらすにしても、その色の選定に地域の色を出そうという訳である。なじみのある色が揃うし、作業結果は視覚的にまとめられるので合意形成にも役立つのだろう。このような手法では、色を測る作業が必須となる。名取氏が紹介した色彩の測定法はそこに係わるものであり、屋外における標準的な測色手法の確立を促すものであった。
 第3が「基準化」である。マンセル表色系上に色の範囲を設定する手法などはこれに該当する。景観条例やガイドラインを概観した山本氏が面白いことを言っていた。形態や材料に比べ、色は数値化しやすいし規制も掛けやすい。だから今、色の範囲を数値化する自治体が増えているのだというのだ。
 しかし、さしたる手掛かりのない街並みの場合、どう基準を設けていったらいいだろうか。稲垣氏の発表は街路模型の色彩をさまざまに変化させて評価させ許容範囲を探った研究である。規制必要率は彩度の高まりと共に高くなる傾向にあったが、特に低彩度では低明度の方が必要率が高くなるという明度の影響も見られている。現在は彩度規制が主流であるが、明度についても考慮に入れていく必要があるかも知れない。
 山本氏がまとめた条例・ガイドラインの4類型は、現在設定されているスタンダードの実際を知るのに有用であると思われるので、そのまま掲載する。
1)景観資源(歴史的建造物等)を持つ自治体 その1 景観を類型化
→各々に周辺の色彩にあわせた色彩基準を設ける(ex.小田原)
2)景観資源を持つ自治体 その2
 景観資源が一部に集中しているところ
→全体の景観計画のほかに、景観形成重点区域を定め、別途異なる基準を設ける(ex.伊丹)
3)景観の類型化を都市計画法と関連付けた自治体
→都市計画法「市街化区域」「市街化調整区域」とで色彩の基準を変える(ex.秦野)
4)全体の基準に対し一部の地域の基準を緩和している自治体
→幹線道路沿いの基準の幅を広げるなど(ex.我孫子)
 1)と2)については「模倣」と「地域色の発見」が有効で、「基準化」まで至るケースもあるだろう。3)と4)についてはベースとなる壁面色などの環境色の範囲とそこから突出した色についての縛りをどのように組み合わせるかがポイントになろう。後者については、看板が問題になることが多いと思われるが、稲垣氏はその大きさが評価に強く影響すると報告した。
 さて、大野氏が文教施設のファサード色を計測した結果では、R, YR, Nが多くPBが見られるという色相の特徴は、古い施設から新しい施設まで、それほど大きな変化はないようである。時代によっての変化が小さいのなら、ガイドライン設定後にそれを大きく変更する必要性は、低いと考えていいのかも知れない。
 それなら基準化を推し進めていけばいいとなるが、基準を厳密にすればするほど画一化に繋がる可能性が増す。熊澤氏はイギリスおよびイタリアの景観コントロール手法を紹介し、基準化のあり方に疑問を投げかけた。熊澤氏によれば、どちらにも数値規制は存在しない。イギリスでは望ましい将来像を図を用いて丁寧に記述・解説し、最終的には自治体が計画をコントロールするそうである。イタリアでも地域独自の計画を住民、自治体、有識者が共同して計画を立てているそうだ。熊澤氏の懸念は、標準的な色彩規制が結局は全国一律に定まっていくことであろう。画一化を防ぐ意味でも個別の案件を十分吟味できる体制作りが望まれることを強調していた。

 中山氏がこういった論点を整理してシンポジウムは終了したが、建物以外の景観構成要素をどう扱うか、数値規制に有識者もしくは住民の意見をどう組み合わせるのがよいのか、素材や形態的特徴などの色彩以外の要素との関係をどう盛り込むかというように、アカデミックスタンダードの設定には多くの問題が横たわっていることが確認された。
 4月から始まる新しい委員会では、それを解きほぐすべく、多くの方の意見を伺い、バックグラウンドデータを揃える作業を実施することになるであろう。ご教示・ご支援をお願いする次第である。
(報告:実践女子大学 槙 究)
Jissen Women's University MAKI Kiwamu


槙の書いた文章

専門雑誌などに書いた文章を集めています。

色彩

環境心理

アフォーダンス
(建築雑誌1994.11)
わかりやすいガイドライン
(建築雑誌2001.06)
環境評価構造の個人差
(建築雑誌2003.08)
文化的側面を環境心理研究に、どう取り入れるか?
(文化と環境心理SWG報告書2005.03)

感性・印象

印象評価解析における因子分析の使用法
(「印象の工学とは何か」より)

その他

現象学から考える
(人間−環境系理論検討SWG報告書2001.03)