生活環境講座

第27回 米国西海岸に見るこれからのライフスタイル 大川知子

 人々の、もとい私たちの生活は、今後、どの方向に向かって行くのか―—、そして、その動向に伴い、ファッションはどう変化するのか―—、いつもそのコトに興味があります。前職では長年、今という時代を読み解きながらこれからのライフスタイルを考える講座も行なって来ました。そもそも人間は衣・食・住を前提に、友人たちや家族、そして地域コミュニティや仕事を始めとする“社会”と繋がりながら生きる存在であり、“衣”単体では生活は成立しません。
 専門とするファッション・ビジネス領域においても、現代社会を「ファッション=衣」で語ることはもはや不可能で、スポーツ、ビューティー&ウェルネス、音楽、フード、既にアグリカルチャーにまでその範囲を広げています。とは言え、「ファッション=衣」は自分の中にも沁み込んでおり、これからのファッション・ビジネスを考える上でのヒントを得たいと、この3月、出向いたのがサンフランシスコとポートランドでした。今回はサンフランシスコでの見聞をお話します。

ジーンズ発祥の地

 初めて降り立つサンフランシスコは、ニューヨークのある種の緊張感とは異なり、肩の力が抜けたリラックスした雰囲気を感じます。ファッションから見るサンフランシスコの筆頭は、Levi Strauss。そこからジーンズは世界に羽ばたいて行きましたし、カジュアル・ブランドのGAPや、一本が数万円するようなプレミアムジーンズ・ブランドの多くも、このサンフランシスコやロサンジェルスから誕生しています。その背景には、1950年代半ばに始まる“ビートニク”や、その流れを受け継いで、1960年代半ばに始まる“ヒッピー”ムーブメントがこの地で生まれたことも重なって来ます。そして、遂に昨年、販売本数としては日本一のUNIQLOも、このジーンズの聖地であるサンフランシスコの中心街に、念願の店舗をオープンさせ、話題を呼びました。

クリエイティブ・シティ

 今回の滞在では、先端企業訪問としてEvernote社の他、3D技術のトップメーカーであるAutodesk社を訪問させて頂きました。3D技術については、日本にも3Dプリンターでモノ作りが可能なスペースが随所に出来ています(当学科のプロダクトデザイン研究室にも!)。
 3D技術は、プロダクトよりも映像の方が、進展が早かったのかもしれません。2009年に制作された映画『アバター』の技術提供もAutodesk社の仕事です。今回は工房なども拝見させて頂きましたが、あらゆる分野の企業との協業、あるいは美大生などによるレジデント・インキュベーション・スペースが印象的でした。
 ギャラリーでは、デザインが成し得る社会貢献という観点で、深く考えさせられる展示が多く、また、人間工学に基づいたNIKEシューズの開発過程などは、モノ作りにおけるデジタル技術の貢献を、実感を以て理解することが出来ました。
【写真左 工房での様々な試作品】
【写真右 骨格や筋肉の動きを解析してのNIKEシューズの開発】

食の進化と深化

 サンフランシスコは、温暖な気候に恵まれて、カジュアルで和やかな雰囲気に包まれていながら、文化度の高さが窺えます。食においても、多くのスーパーがオーガニック専門。全米に展開するWhole Foods、Trader Joe’sの他、地場のRainbow Groceryや郊外のBerkeley Bowl等、オーガニックではないモノを探す方が大変で、どれだけ生活の中に浸透しているかを窺い知ることが出来ます。
 今や「全米で住みたい街のトップ」であり、IT関連企業のメッカであるシリコンバレー等の地域を背景に、多くの富裕層が住んでいます。しかし、そういった彼らが志向するものは、これまでのようにブランドを盾にした顕示的消費ではなく、良いモノを正しく評価しようとする健全な消費のスタイル。特に、それが食の部分で顕著に現れていました。

【写真左 日本でいう生協のRainbow Grocery】
【写真右 シリアルやナッツなどはバルクで販売(Berkeley Bowl)】

地産地消のマインド

 もうひとつ印象的だったのは、『地産地消』に対する意識の高さです。日本でもようやくここ数年、“フード・マイレージ”について語られるようになりましたが、今回、そのことを改めて考えさせられました。その代表がFerry Building。数年前にリノベーションされて、近隣のバークレーにある伝説的レストラン『Chez Panisse』のアリス・ウォーターズが監修を務め、地元の人々から熱い支持を受けている商業施設です。
 館内では、キノコやオリーブオイル、グルテンフリーの専門店、雑貨店等、ひとつとして同じ店舗はありません。店の規模ではなく、専門性とストーリー性。説得力あるオリジナリティを全面に打ち出したスモール・ビジネスです。小さなところにも拘りさえあれば、商機がある表れだと感じました。こういう流れは、日本にも確実にやって来ると思います。

【写真左 現地の人々で賑わう館内】
【写真右 地場で作られた陶器(Heath Ceramics)】

西海岸のライフスタイルが示す時代の転換期

 この3年ほどの主流は、西海岸ファッション。セレクトショップのRon Herman、シャツ専門のFrank & Eileen、カットソー・ブランドのJames Perse等が日本でも人気を集めています。いずれのブランドも西海岸の風土を体現したものばかり。今回の滞在を通して、こういった西海岸のムーブメントは、20世紀の規範とされた米国が、いろいろな意味で大きな転換期にあることを感じさせるものでした。また消費の上で、自分たちの住む地域への高い意識は、今後の日本の人口動態を考える上でも、地域との在り方がより密接に、より重要になると実感しました。
 普段、学生のみなさんには「五感で感じよう」、「自分の生活動線には無い体験をしよう」と話をしています。何かひとつでいいから、実際に行動を起こしてみて、いいコトも悪いコトも含めて丸ごと五感で体験すると、嫌でも頭と身体で覚えていきます。そういうことの連続の上に、成長がある―—、と考えるからです。今回、自分自身の身を以て、改めてそのことを確信した次第です。 (T. O.)