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教員インタビュー vol.4



佐々木 真理
Mari SASAKI
文学部 英文学科 准教授
専門分野・専攻/アメリカ文学
(19世紀後半~20世紀前半)

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[プロフィール]お茶の水女子大学英文学科卒、東京大学大学院人文社会系研究科修士課程修了、同博士課程中途退学。東京女子大学現代文化学部助手、山梨大学人間教育学部専任講師を経て、2004年実践女子大学に着任。

揺れ動く時代の中で
新たな生き方を模索した女性たちの歩みに、
未来を切り拓く勇気をもらう。

社会の変貌を背景に、女性を取り巻く環境も変化

 2016年11月、1年半に及ぶ選挙期間を経て、トランプ候補の勝利で決着を見たアメリカ大統領選挙。対立候補ヒラリー・クリントンは、アメリカ初の女性大統領になるのではないかと期待された一方、信用できないとする声も多かった。政治的な立場など複雑な背景はあるものの、彼女を拒絶する空気の中に、アメリカに根強く存在する反知性主義があったのではないか、と佐々木先生は考察する。「反知性主義とは、知的権威やエリート階級に反発する考え方のこと。もともとアメリカは自由と平等を良しとする気風があって、特権階級はないことが理想とされてきました。しかし、高度な教育や豊かな教養を身につけられる人の多くは、やはり特権階級。従って、恵まれた環境で育った人や、高い知性のある人に対する懐疑心が、多くの人の心の中に根づいているのです」
 そう語る佐々木先生が研究しているのは、「19世紀後半から20世紀前半にかけて英語圏(特にアメリカ)で活躍した、女性作家の作品と思想の変容」。この時期のアメリカは南北戦争を経験して西部開拓時代を迎え、NYなどで都市化が進む一方、帝国主義のもと第一次世界大戦参戦へと動いていった。激動する時代に伴い、女性を取り巻く状況も大きく変わった。「19世紀前半から、女性のための教育機関がつくられるようになりました。初期は、現在の中学校・高等学校に相当する教育を行うところが多かったのですが、19世紀後半に入ると短期大学や4年制大学に近い教育を展開する学校が増えていきました」また、NYやシカゴなどで都市化が進んだこともあって、秘書やタイピストといった職業が確立し、女性が仕事に就くチャンスが拡大。「そうした変化の中で登場した女性作家の作品は、それまでとは大きく異なるものでした」

新たな価値観を提示した女性作家、ウォートンとギルマン

画像イメージウォートンの著作を前に。「彼女は先進的な価値感の持ち主でしたが、その作品からは、古きアメリカの伝統に対する愛着も窺えます」

 この時期以前にも女性作家は存在した、と先生は解説を続ける。「けれどその多くは、白人中産階級の人。ルイーザ・メイ・オルコットの『若草物語』に代表されるような、家庭という限られた世界を舞台に、女性がどのように良く生きていくかを教え導く内容が主流でした。それらは女性や子どもが読むものとして“家庭小説”とか“感傷小説”と呼ばれました」しかし女性を取り巻く環境が大きく変わる中、現れた女性作家たちは先進的な価値観を持ち、さまざまな舞台を設定して多彩な境遇のキャラクターを登場させ、作品を描いていった。また黒人やアジア系移民など白人以外の人種の女性たちも作品を発表するようになり、読者層も広がった。
 代表的な女性作家として、イーディス・ウォートンとシャーロット・パーキンズ・ギルマンの名を先生は挙げた。「ウォートンの作品『歓楽の家(The House of Mirth)』には、NYの豊かな家庭に生まれ美貌を備えた女性が、父親の死後、上流階級の規範の中でうまく生きていくことができずに転落していく様子が描かれています。最後に主人公は悲劇的な結末を迎えますが、そこに至る背景には社会の変化や内在する問題、女性の生き方の変容などが盛り込まれています。従来の女性作家たちの作品のように、シンプルに善悪がつかめる内容ではありませんが、その分、いろいろな感情や思いを読者に抱かせる、深みのある小説です」ウォートン自身、この時代の女性を象徴するような存在だったそうだ。白人女性で裕福な家庭に育ち、同じ上流階級の男性と結婚。小説を書いて収入を得る必要はない境遇で、こうした立場の女性が作家になることはそれまであまり例がなかったという。
 もう一人、シャーロット・パーキンズ・ギルマンについても訊ねた。「ギルマンは批評家・社会活動家としても活躍した人で、ウォートンよりもさらに進んだ考えを持っていました」女性が社会に進出しようとする時、家事や育児といったケア労働をどうするかがハードルになる。ギルマンは、このケア労働をどうするべきかいろいろな視点から考えた、と先生は解説してくれた。「例えば育児については、集団保育制度を提案しました。当時、経済的にゆとりのある層はベビーシッターを雇ってケアを任せていました。しかし、集団保育の場をつくってケアをプロフェッショナルに任せれば、費用も抑えられて女性が社会に出るハードルが低くなります。また、働く女性が集まって共同宿舎で生活し、そこでの家事はやはり報酬を払ってプロに任せる、といったアイディアも出しました。それまで、“ケア労働は家庭の女性が担って当たり前”という価値観があり、ギルマンの提案には批判も多く集まりました。けれど、ケア労働は女性の足かせとなるとともに、家庭外の人に頼めば報酬が必要なほど負荷の高い労働なのだと、彼女は敢然と声をあげたのです」

自立を目指して—知性と経済力を獲得する中で

画像イメージ米・コロンビア大学での在学研究中に、本学英文学科の広報誌『ZEPHYRUS』に掲載された先生のNYレポート。

画像イメージセントラル・パークの様子も綴られている。

 先生は研究を進める中で、アメリカ社会に存在する反知性主義が、女性たちに大きく影響してきたことを改めて感じたそうだ。女性が高度な教育を受けられるようになると、男性のみならず女性からもそれに対する反発や批判が起こった。「19世紀には“女性が高等教育を受けると子どもが産めなくなる”と言われたほどです」財産権もなく父親や夫の経済力に頼るしかなかったこの時代の女性は、学ばなければ自立をつかむことができなかった。けれど学べば周囲から批判される。女性作家たちの作品からは、こうした女性たちのジレンマや苦悩が窺える、と先生は言う。
 そしてまた、19世紀から20世紀にかけて確立されていった高度資本主義・大量消費社会が、社会における女性の力を「消費する」もののみに光を当てる傾向をつくり出していった、と先生は指摘する。当初、女性たちは自立するための力の一つとして経済力をつけることを目指した。時代が進むにつれてそれは実現されていったが、今度は逆に「社会における女性の力=経済力」と単純化されてしまった。女性の社会進出の際にハードルとなったケア労働については「お金で解決すればいい」という空気が生まれた。「経済力のある女性がお金を払ってケア労働を人に任せる。多くは貧困階級や移民の人たちが安い賃金で請け負いますが、ではその人たち自身が抱えるケア労働をどうするのか。経済力だけが女性の自立だとすると、“ケア労働は女性のもの、という認識で済ませていいのか”といった、根源的な問題に意識が払われなくなるのです」先生は2011年、在外研究のためご家族でアメリカに渡り、NYに滞在した。2人のお子さんとセントラル・パークを訪ねると、アジア系やヒスパニック系の女性たちが白人の子どもの面倒を見ている様子をよく目にしたそうだ。「多分、白人女性が雇っているベビーシッターなのでしょうね。けれどシッターを務める彼女たちの子どものケアは、どうすればいいのでしょう」先生はその光景に、階級や人種の差などアメリカ社会が今も抱える課題を垣間見るとともに、ケア労働に関する問題が21世紀の現在も解決していない実態を改めて感じた、と語る。

悩み迷う時、先人たちの歩みに力づけられる

 その一方で先生は、研究を通じて見つめた女性たちの足跡に勇気をもらうことも多かった、と言う。「私の世代では、研究をしながら子育てもする生き方が、それほど確立していませんでした。2人の子どもは別の保育園に通っていて、送り迎えをしながら仕事をすると毎日が修羅場(笑)。自分はどうしたらいいのか、いつも不安でした」そんな時にはウォートンやギルマンなど、より良い生き方を模索し道を切り拓いていった女性たちに思いを馳せて、そのたくましさや強さに力づけられたそうだ。
 そして先生は、激動の時代の中で揺れ動き葛藤しながらも新たな可能性を探り続けた女性たちの文章や思想に触れることは、学生たちにとってもこれからの生き方や考え方の参考になるのではないだろうか、と語る。「アメリカ社会の変容やさまざまな歴史について知識を深めるだけでなく、当時の思想がどのようなものだったのか、なぜそのように考えられていたのかを考察する。それは自分や、自分を取り巻く社会を考える上で大きな助けになると感じています。私たちの社会も、まだまだ男性中心の価値観や体制でできているところが多い。そこでどう生きていったらいいのか悩み惑うこともあるでしょう。そんな時、さまざまな女性作家の文学や、女性たちの生き方に触れて感じたことを役立ててほしいのです」
 先生のゼミでは、女性の作家はもちろん活動家や思想家も研究対象にしている。学生には、作品や資料を読む時には書いてあることを鵜呑みにするのではなく、なるべくいろいろな切り口から内容を見るように指導しているそうだ。「そうすれば、今まで見えなかったものが見えてくることもあるでしょう。例えば小説であれば、視点を変えてストーリーを読み進めていくと、作者の意図や背景にある時代の状況など、思わぬ発見をすることがあります。それはうれしく楽しい経験ですし、何よりそうした出来事は自分の引出しを豊かにしてくれます。大学で学ぶ意義は、そうやって視野を広げることにあると考えています」

[ピックアップ授業!]
現代アメリカ文学・文化演習d

 2016年度は、1899年に出版されたケイト・ショパンのThe Awakeningを取り上げ、19世紀~20世紀前半のアメリカの社会背景やさまざまな女性活動家たちの思想をたどる演習。アメリカ社会における女性の権利問題とライフスタイルの変遷を学びながら、その知識をもとに21世紀を生きる女性たちにどんな可能性があるか探ることを目的としている。同時に、学生の考える力を育むことも目指している、と先生。「毎回、担当者を決めて、課題について調べてその内容をプレゼンテーションしてもらっています。特に、自分はどんな考えを抱いたか、またどんな疑問を感じたかというところまで見つめてもらうことを重視しています。問題意識を持ち、それを提起することは、考える力を磨くことにつながります。また、発表内容について皆でディスカッションし、学生それぞれが考えを深められるようにしています」

おすすめの本

ハンナ・アーレントの著作

ハンナ・アーレントはユダヤ人の女性思想家。第二次世界大戦の時にヨーロッパからアメリカへ亡命した。後年、ユダヤ人大量虐殺を指揮したナチスの高官アイヒマンの裁判を傍聴し、「彼は悪人ではなく考える能力の欠如した凡庸な人間である。ただ命令に忠実で、思考しなかっただけだ」という記事を雑誌に寄せ、批判を受けた。彼女の著作を読むと、「思考すること」の意味を考えさせられる。2012年にはその生涯が映画化された。写真は、 The Human Condition(英語)の原書。

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スーザン・ソンタグの著作、特にインタヴュー集

スーザン・ソンタグは、20世紀後半から21世紀にかけて活躍した有名な女性思想家。10代で学位を取得したほど早熟な人で、優れた知性を持っていた。その著書を読むと、彼女の並外れた洞察力や思考力に触れることができる。日本語訳されたインタヴュー集には、雑誌『ローリング・ストーン』に掲載された記事を編集した『スーザン・ソンタグの「ローリング・ストーン」インタヴュー』(河出書房新社)がある。


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※2016年10月 渋谷キャンパス研究室にて